逝かれたあとも外山滋比古氏の著作は、私に影響を与え続けるに違いない

 私は中日新聞プラスに会員登録をしている。時折、メールでニュースの概要が送られてくる。
 未だに送られてくるニュースの基準が私には分からないが、ひょっとすると私自身が送ってほしいと注文を出しているのかも知れない。
 昨日の夕方、【英文学者の外山滋比古さん死去 「思考の整理学」】(2020年8月6日 18時47分 (8月6日 19時09分更新 会員限定)というニュースが送られてきた。
 内容は次のようだ。
 <英文学者でベストセラー「思考の整理学」の著者としても知られるお茶の水女子大名誉教授の外山滋比古(とやま・しげひこ)さんが7月30日午前7時18分、胆管がんのため東京都内の病院で死去した。96歳。(中略)
 東京文理科大(現・筑波大)卒。お茶の水女子大教授などを歴任。専門の英文学にとどまらず、広く「言葉」の問題を考察。幼児教育の重要性も提言した。
 自分で考えることの大切さを説いた「思考の整理学」は1986年の文庫刊行から約30年たって再び大学生ら若い読者を獲得、累計250万部以上のベストセラーになった。>

 なお、今日の中日新聞の記事によれば、「思考の整理学」の文庫は百二十四刷、二百五十三万三千四百部を記録しているとのことである。ちなみに私が持っている「思考の整理学」は第八十四刷となっている。
 このブログで、私は2009年06月17日に【最近の自分の生活に 喝を入れたい】というタイトルで、外山滋比古氏について、次のように書き込んでいる。
124525020187616113817.jpg <私は1979年に外山滋比古氏の『フィナーレの発想』を読んだ。その中で、私は次のような文章に出会った。
 【人生が100メートル競走ならスタートにおける5メートルの遅れは決定的だろう。だが人生をマラソンと考えるならば、出足の遅速など、問題ではない。エリートとよばれる人にライフワークが少なく、むしろ何度か挫折した人が自分の折り返し点を発見して、晩年にすばらしく充実した人生を送る実例は、数限りない。】
 私はこの文章に出会い、自分の意思に反してサラリーマンなった私でも自分に嘘を付かず、正直にコツコツ努力していけば、随分遠くに行ってしまい、今はもう、その影さえも見えなくなりつつある学生時代の仲間たちに、ひょっとすると自分が死ぬまでに追いつけるかも知れないと思えてきたのである。
 目からウロコとはこのことを言うのであろうか。
 それから、外山滋比古氏のことを調べてみると、外山氏は愛知県西尾市出身で、愛知八中の卒業生だということを知った。
 つまり、旧制中学の愛知八中というのは、現在の刈谷高校の前身で、刈谷高校は私の母校なのである。単純な私は、さらに親近感を持った。
 そんなこともあって、私は氏の著作『省略の文学』『ことばの作法』『ことばの心』『ことばの姿』『日本の文章』と立て続けに読んだ。
 最近、久し振りに外山氏の本を手に取ってみる機会があり、私は惰性に流れている自分の生活に喝を入れるためにも、もう一度、氏の本を読んでみようと思った。
 この5冊を読み終わって、自分の目の前が、少し開けてきたように思える。たとえ、三日坊主と言われようと自分が興味を抱いたものは、とりあえず、やってみようと思い立ったのだ。
 外山氏のアドバイスによれば、脳の退化を防ぐためには、今興味があるものに、とりあえず取り組んでみて、一つのものにのめり込む前に、また次に新しいものに向かって、絶えず躊躇なく挑戦していくことが必要だとのことである。氏が英文学者ということもあるが、やはり、そのうちの一番手っ取り早い方法は、外国語の勉強で、脳の活発化に大いに役立つと言う。私も【さもありなん】と納得する。>
 なお、外山氏の著作は300冊を超えるということである。
 私はこのブログの中で『フィナーレの発想』のほかにも、外山氏の著作『ユーモアのレッスン】【ことば散策】【空気の教育】【日本語の作法】【ことわざの論理】『日本の文章』の読後感を書いている。
 今、そのほかにも本棚には外山氏の著作が20冊以上も並べられている。
 それほどに外山氏の著作は私に多くの影響を与えている。その中で時間が空くと繰り返し読んでいるのが、『新聞大学』である。コミュニティ推進協議会の広報誌作りの参考にするためである。
 いずれにしても外山滋比古氏の著作は、これから先も私に影響を与え続けるに違いない

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