サラリーマンになると70年闘争時代の肌感覚は次第にフェイドアウトしていった

 8月5日の中日新聞の一面に中日ボイスのアンケート結果が載っていた。
 私は中日新聞プラスに会員登録をしているので、ときどきメールで中日ボイスからアンケートが送られてくる。
 7月に入って1回目のアンケートは【この夏をどう過ごしますか?】で、2回目は【緊急事態宣言を発令する必要がありますか?】であった。
 質問はシンプルで各項目にチェックを入れるだけである。私は自分の気持を素直に1回目のアンケートには「自宅や近場で過ごす」にチェックを入れ、2回目のアンケートでは「緊急事態宣言は必要だ」と答えた。
 10858人が回答したと記載されている。抽選で100名に1000円の図書カードを贈るということだが、確率は1%も満たないのだから、諦めるしかないようである。

DSCN7197 (2).JPG 今日もまた、暇に任せて本棚を整理していた。先だって三田誠広氏の『僕って何?』が出てきたが、そのほかにも70年闘争を時代背景にした若い頃の懐かしい本が出てきた。
 私は団塊の世代よりほんの少し上の世代で、60年安保世代と70年安保世代に挟まれた「迷走の世代」であり、ニッチ産業(Niche Industry すき間産業)ではないが、私に言わせれば、どっちつかずの「ニッチ世代」である。
 この時期、全共闘運動を素材にして、自嘲的で懺悔的な小説が次々に発表された。1977年には高城修三氏の『闇を抱いて戦士たちよ』と三田誠広氏の『僕って何?』、1978年には星野光徳氏の『おれたちの熱い季節』が発表され、1979年には立松和平氏の『匂い光満ちてよ』、1981年の群像新人長編賞受賞の今井公雄氏の『序章』などが発刊された。
 ただこの中で、今井公雄氏は1939年生まれなので団塊の世代ではなく、60年安保にもかかわっている。だが、『序章』は70年安保闘争のことについて書かれた小説である。
 幸い、私の所蔵するこれらの単行本には帯が付いていたので、そこに記載された惹句を引用してみる。
 『闇を抱いて戦士たちよ』:「何かがぼくらを鷲掴みにしている。一切の幻想と日常性を断ち切ったはずの学園闘争が荒廃と幻滅でしかないとしたら、一体青春とは何なのか。全共闘運動をくぐりぬけたわれらの世代の狂熱と愚行を問いつめて、そのかけがえのない眩暈をさぐりあてた注目の青春小説」
 『僕って何?』:「母親に連れられて田舎から東京の大学にやってきた僕。友達もいない何も知らないいつの間にかセクトの争いや内ゲバに巻き込まれ、警官に追っかけられ、年上の女子大生と同棲したりしている・・・・・・僕って一体何をしたいんだろう・・・・・・二十代の新人作家があふれるユーモアで現代の青春遍歴を描く話題作!」
 『おれたちの熱い季節』:「あの<季節> ― 愛と夢を求めて輝きと絶望の中を疾駆した青春群像への鎮魂歌。全共闘運動をはじめて内部から証言した記念碑的力作」
 『匂い光満ちてよ』:「この溢れる青春の激情に、行き場はないのか。奔放な生活感情のおもむくまま過酷な闘争に参加し、誤って人を殺して若者の、寄るべない魂の慟哭 ― 70年を疾駆したわれらが青春の崩壊を、白熱のビートに刻むハード・ロマン。」
 『序章』:「戦後思想の決定的解体と再編成とを告知する70年闘争 ― その渦中に尖鋭に身を置き、行き抜いた世代によって鮮烈に描破される“闘いの日常”。」

 それにしても、何と難解な語句オンパレードの惹句であろうか。この5冊の小説は70年闘争に対する作者のそれぞれの立ち位置から描かれた青春小説と言っていいのではなかろうか。すべての惹句の中に青春という言葉が入っていることからもそのことが知れる。
 70年闘争を真正面から取り組んだ星野光徳氏はこのあと2作目で作家を断念し、と今井公雄氏はこの1冊を書き終えたあとは、小説は書かなかった。
 上述の作品を書くことで、燃え尽きてしまったのかも知れない。
 ノンポリだった私はサラリーマンになると70年闘争時代の肌感覚は次第にフェイドアウトしていった。

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