他県の人から見れば、私は変わり者という範疇に入るのかも知れない

 今日のこの地方の最高気温は18.4℃で、風もなくポカポカ陽気となった。
 私の市の公園の勤務は午前8時半から午後1時までであった。事務所に着いた午前8時10分から公園内の多目的トイレの開錠に出かけ、その帰りにミモザ園に立ち寄ってみた。
 おそらく近隣に住むと思われる70代の男性2人が一眼レフのカメラを掲げて、ミモザの花を撮影していた。
 「遠くから見ると、ミモザの花の色がオレンジの色に変色しているので、満開が過ぎたのかなと思ったが、まだまだ見頃の時期が続きますね」と男性の1人が気軽に声を掛けてくる。
 おそらく2人は同じ写真同好会に所属しているようだ。
 午前10時を過ぎると続々と公園にやって来る。その多くはミモザ園がどこにあるか分からず、公園の外周を歩き回っている。
 結局、ミモザ園が見つからず、管理事務所の受付窓口に場所を聞きにやって来る。
 公園の案内図にミモザ園の場所が書き込まれていないので、私はそのたびにミモザ園の少し入り組んだ場所を身振り手振りのジェスチャー付きで教える。

 現在、公園は遊具の更新工事を行っており、今日18日の午後から解放することになっている。
 その完成した遊具の良否を検証するためであろうか。市役所の緑花公園課の課長と職員2名が遊具の更新工事を請け負った建設会社の4名と連れだって、遊具の場所を訪れていた。
 私は現在、職群リーダーを退いているので、ただ挨拶を交わしただけだったが、バーベキュー班の男性メンバーと除草班のサブリーダーが私のところにやって来て、市役所の課長に現在、芝生の養生のために規制線が敷かれている芝広場の解放と公園の案内図にミモザ園の場所を書き込むように要望してくれと言ってきた。
 私はその団体のあとを追った。
 私がもっとも気になっていたのは、3月31日まで閉鎖されているバーベキュー場を一刻も早く解放してほしいと思っていた。だが、昨日のシルバー人材センターの理事会で、産業振興部の部長から、市役所内で新型コロナウィルス対策の緊急チームが組まれ、週に2回、会議をしていると聞いていたので、緑花公園課の課長にそのことを問うのを控えていた。
 だが、芝生広場の解放と公園の案内図の書き換えは、市民サービスの観点からも必要だと思ったので、遊具点検の一団を公園の案内図の前まで導いて行き、どんな方法でも構わないから、ミモザ園の場所が分かるように書き加えてほしいと訴えた。
 マスクをしていたので、緑花公園課の課長の表情は分からなかったが、公園の現状について幾つも質問してきたことからも、検討の余地があると思ってくれたのではなかろうか。手前味噌ながら、私はそんなふうに感じていた。

 私は公園の勤務を終えて、家に帰る途中、懐に昨日の理事会の手当て2千円があることを思い出した。
 私は急遽、ショッピングモールの書店に立ち寄ってみることにした。
 このところ、サラリーマン時代を思い出しながら、元伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎氏の『仕事と心の流儀』と『社長って何だ!』を読んでいたが、それも読み終えたので、もっと気楽に読める本はないかと立ち寄ってみたのだ。
 いつもの書店の新書コーナーに日本経済新聞出版社の『名古屋のトリセツ』が置いてあったので、早速、購入した。夕食前の1時間ほどで100ページ近くを読み終えた。
 私は中学から高校までは名古屋市南区に住んでいた従姉妹の家によく遊びに行っていた。また一浪して名古屋の河合塾に1年通い、5年間、通学していた私立大学は名古屋の昭和区にあった。また自動車部品製造会社の営業担当を任されてからの28年間は週に1度は、接客のために名古屋の繁華街に行っていた。
 そんなわけで、私はいつの間にか、根っからの名古屋人になってしまった。
 本棚を見ても『なごやの古本屋案内』や『名古屋カフェ散歩 喫茶ワンダーランド』、『名古屋学』『名古屋の品格』、最近の著作では『日本の異界 名古屋』『名古屋はヤバイ』が並んでいる。
 その内容の多くは「大都市だが大いなる田舎の【名古屋】、いつまでたっても大都会にはなれない」とうがった視点で書かれており、どの本を読んでも二番煎じ感は払しょくできないが、哀しいかな、私はその二番煎じ感に引かれてしまい、ついつい買ってしまっている。
 おそらく、他県の人から見れば、私は変わり者という範疇に入るのかも知れない。

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