自分には詩を創作する能力は備わっていないのは確かなようである

 昨日は地元の公民館で、「第38回大府公民館芸能祭」が開催された。
 この芸能祭は【日頃、公民館を利用している各種団体の学習効果の発表の場を設け、その成果を披露すると同時に他の出演団体や地域の人たちと「ふれあい」を深めるために公民館活動の一環として開催する】という趣旨が実施計画案の中に盛り込まれている。
 主催は大府公民館芸能祭実行委員会、共催は大府コミュニティ推進協議会・大府自治区となっている。
 私はコミュニティ推進協議会の広報部会員として、写真撮りと取材をするようにと事務局長と公民館から依頼されている。午前9時に家を出た。
 開演の予定時間は午前9時45分から午後3時までであった。
 公民館の受付窓口に行くと、コミュニティ推進協議会の役員として登録してあったようで、公民館の職員から「うどん券」と「コーヒー券」、そして抹茶のペットボトルを渡される。一般の来場者には婦人会の会員により、うどんは260円、コーヒーは100円で販売されている。
 私はこの芸能祭の取材をするのは今回で3回目である。
 そのお陰で、かなりの人と顔見知りとなった。顔を合わせるたびに挨拶をしていると、うっすらと記憶にある女性から、「その後、詩を作っていますか?」と声を掛けられる。
 必死で思い出そうとして、その女性の表情をうかがった。思い出した。だが、名前は思い出さない。
 平成27年から平成28年にかけて、アローブ(おおぶ文化交流の杜 図書館)で開講された文章講座「詩を作ってみよう」で一緒だった人であった。
 私は詩人の北原宗積(むねかず)氏が講師をつとめるこの文章講座を受講したことで、詩の創作に対する意欲が見事に打ち砕かれてしまった。
 自分が「詩を作ってみよう」で創作した詩は2006年に外国語学校で一緒だったクラスメートに向けて書いた詩を下敷きにしていた。
 その詩は、北原氏からかなり手厳しい評価を受けて、数回にわたり手直しをしたが、最後まで「もう少し、もう少し」と北原氏には満足してもらえず、ついに半年の講座は終了してしまった。
 それでも「おおぶ文化交流の杜 図書館」の館長から、詩集を作るので、講座で作った詩を提供してくださいとの依頼を受けて、最後まで北原氏には受け入れてもらえなかった詩を原稿用紙に書いて、図書館に受付窓口に提出した。
 やがて、平成28年4月に館長から、【この度、文章講座「詩を作ってみよう」で詩集を制作しましたので、ご査収いただければ幸いです】という手紙とともに詩集が私のもとに届いた。
 私と同じように詩を提供したのは女性8人、男性は私を含めて2人、合計で10人であった。
 文章講座を受講したのは応募した15人と「市の創作童話の会」のメンバーがオブザーバーとして8名参加して、司会者と講師を加えると総勢25名となっていた。一般から応募した5人は詩の提供を辞退したようである。
 だが、私は北原氏に受け入れてもらえなかった自分の詩だったこともあり、届けられた詩集を読む気にならなかった。
 あれから4年、私はその詩集を本棚の上に置いたままになっていた。
 今日、改めて「いつも自分に問い掛けています」というタイトルのその詩を読んでみた。

  <今、何をしていますか
   日々のパンをさがしています
   今日、何をしていますか
   昨日より豊かな暮らしをさがしています

   あしたを思い、何をしていますか
   自分と家族のために、よりよい暮らしをさがしています

   未来に向かって、何をしていますか
   自分らしく生きるすべをさがしています
   日々の生活の中で
   自分を見失い、途方に暮れて迷いそうになったとき
   いつも自分にそう問い掛けています

   ふと思うのです
   自分に与えられた時間が瞬く間であったなら
   自分らしく生きることができるかも知れないと

   今日、何をしていますか
   ひるまず、今日も自分に問い掛けています >


 やはり、自分には詩を創作する能力は備わっていないのは確かなようである。

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