自分の夢など、私に語る資格はなくなったのは23歳にときであった

 今日の1月15日は昔流に言えば、成人の日である。
 半世紀以上も成人式は1月15日に行うものとして、頭に叩き込まれている私には、15日以外の日に成人式が行われていると、何だかしっくりとこない。
 ネットで調べてみると成人の日は、ハッピーマンデー制度導入に伴い、2000年から1月第2月曜日、つまり、その年の1月8日から14日までのうち月曜日に該当する日に変更されたと載っている。
 私は勘違いをしていた。
 私は1月12日が成人の日で、13日は振替休日だと思っていたが、どうもそれは間違いのようである。
 13日が成人の日と言っても、12日に成人式を行った近隣の市町は多かったようである。私が住んでいる大府市でも1月12日に成人式を行われた。
 市の公式FACEBOOKには、愛三文化会館(勤労文化会館)で行われた成人式には、晴れ着に身を包んだ727人の新成人が参加したと載っている。
 私がアルバイトをしている公園には、あちこちに3つのタイムカプセルが埋められている。その目印として木製の支柱が建てられており、小学校もしくは中学校の名前と年月日が刻まれている。
 中には、日曜日の12日の成人式に出席した成人が小学生のときに埋めたタイムカプセルもある。
 午前11時ごろにその成人が卒業したと思われる小学校から、そのタイムカプセルを取り出したいとの電話が公園の管理事務所に入った。
 私たちバーベキュー班の裁量を超えた話なので、市の緑花公園課に問い合わせをしてくださいと、女性メンバーが丁寧に返答していた。
 私は電話の内容を聞いていて、タイムカプセルというのは、もっと年月を経てから掘り起こすものだと思っていたが、10年も経たずに取り出すのは、少し早いのではないか、そうは思ったが、余計なことだと、すぐにその思いを打ち消した。

 そう言えば、中日新聞の朝刊コラム「中日春秋」に次のような記事が載っていた。
 <著名人や名を遂げた人物が後年に書いた自伝を数多く集めて分析したところ、一生を語る上で欠かせない大切な経験や出会いは二十代に集中して起こっていたという。
 米国の臨床心理学者、メグ・ジェイさんの『人生は20代で決まる』(早川書房)の中にあった。学業、仕事、家庭。人生で重要な出来事の80%は三十五歳までに起こるという説もあるそうだ。
 六十代が迫る身にはよく分かる話でこの年齢になると人生を大きく変えるようなことは正直、あまり起こらぬ。毎日が同じ日の連続のような気さえしてくる。>
 まったくその通りである。
 私は22歳のとき、両親が同時期に安城市の厚生病院に入院したために、医療費を調達するために、大学を中退して働き出した。
 当時は10日ごとに病院に治療費と入院費を支払わなければならなかった。
 第1回目の治療費と入院費を合計した金額は70万円を超えていた。母親から預金通帳を預かっていたが、その残高は100万を切っていた。
 何とか1回目に医療費は払えるにしても、次の10日分を支払う金額は通帳には残されていない。
 私が思案に暮れていた。
 すると、ある女性の民生員が我が家を尋ねてきた。
 よく見ると、その女性は私が家庭教師をした女子中学生のお母さんであった。
 そのお母さんが、さまざま面倒な手続きをしてくれた。父親の余命は3ヶ月と宣告されていたので、3か月間はその民生員の努力で、水道、電気、トイレの汲み取りなどの公共料金は無料となり、1回目の医療費は返還されることになった。
 私は、いわゆる生活保護の対象者となったのである。
 民生員のお母さんは、生きていかなければならないのだから、それに3か月間のことなので、気にすることはないと励ましてくれた。
 そうは言っても、私には生活保護を受けるのは屈辱だった。
 ありがたかったのは、両親が仲人をした夫婦の奥さんが、いつも気にかけてくれ、私の都合を聞いて、夕食を用意してくれたことだった。
 母親は1か月半後に退院し、父親は2か月後の癌で亡くなり、私の生活保護の体験は3ヶ月足らずで、終了した。
 私の人生の先行きは、ほぼこのときに決まったと言っていい。
 自分の夢など、私に語る資格はなくなったのである。そのとき、私は23歳を迎えようとしていた。

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