急に自分が老け込んでいくのを感じていた

 私は63歳のとき、市のシルバー人材センターの会員になった。
 その3日後にシルバーの事務局から、市営駐車場の管理人をやらないかと勧誘の電話を受けた。
 市営駐車場はJR駅の東側と西側にあり、管理人室での単独就業なので、一刻も早く仕事に慣れるように1週間の研修期間があった。その職場は年間を通じて働ける職種で、毎月一定の収入を見込めたので、シルバーの会員には人気があり、希望者も多かった。
 そんな中、私が選ばれたことはまさにラッキーと言ってよかった。
 2年目にメンバー12名の中でリーダーに選出されて、リーダーの最大の延長期間である3年間を勤め上げた。
 12月28日から翌年の1月3日までの特別期間を除いて、基本的には単独就業だったので、メンバーとの顔合わせは午前と午後の引継ぎのときだけであった。
 リーダーの役目は人間関係の調整とシルバーの事務局とのパイプ役が主だったので、自分の不就業日にはときどき管理人室に顔を出したりしていた。
 そのとき、最も話し相手になってくれた同年齢の人がいた。市営駐車場の管理人としては2年先輩であった。
 その人の趣味は木版画で、年末近くなると木版画で作ったカレンダーを私にくれるようになった。
 その人は市営駐車場の管理人が就業満期になったあとも、木版画の展覧会を開催するときには、必ず招待状を送ってくれた。私はそのたびに市内のあちこちの会場で開かれる展覧会に行っていた。
DSCN3364.JPG その人は木版画同好会の「ロングラス」というグループに所属していたが、4、5年前からもう一つの「遊木の会」という木版画同好会と合同で、愛三文化会館という大きな会場で展覧会を開くようになった。
 継続して招待状が送られてきていたが、2018年はその招待状が送られてこなかった。だが、市の広報誌には2つのグループによる合同木版画展が愛三文化会館で開かれることが載っていた。
 その人の作品が展示されているかも知れないと思い、私は確認の意味も込めて、その会場に出掛けていった。
 だが、展示されている木版画の中にその人の作品はなかった。
 受付の人に訊いてみると、その人は体調が悪く、入院中とのことであった。
 そして、1年後の今年、再び合同木版画展の招待状が届いた。その出品リストの中にその人の名前があり、今日、午前中の仕事を終えてから、女房と一緒に出掛けていった。

DSCN3366.JPG 受付で自分の名前と住所を書き終えてから、早速、受付の女性にその人の近況を尋ねてみた。
 「○○さんは、もうすっかり元気になって、午前中、受付をやっていましたよ」と教えてくれた。よかった。
 すると、その女性は私の顔をまじまじと見ながら、「Issaさんでしょ?わたし、U子の妹です」と声を掛けてくれる。
 U子は私の小学校時代に同級生である。5、6年生には町内の歯科医院の子や洋品店の子と一緒に同じ塾に通っていた。U子とは比較的仲がよかった。
 U子は市内でも指折りの大きな工務店の3人姉妹の長女であった。私の25歳のころ、風の便りに彼女が婿を迎えたことが耳に入った。
 私は中学1年の2学期から、隣の刈谷市の中学に転校していったので、それから20数年近く会うことはなかったが、地元の厄年の会の会長にそのU子のダンナが就いたことを知った。
 毎月のように厄年の会を工務店の会議室で行っていたので、2、3度、U子と顔を合わせたが、言葉を交わすことはなかった。
 その1年後、急遽、厄年の会の会長が交代になった。聞けば、U子のダンナは若い女性とともに行方不明になったとのことであった。
 それからU子はふさぎ込み、精神的にも不安定となり、豪邸に閉じこもったまま、外に出歩くこともなくなった。
 そんな噂を聞いてから、はや30年が経とうとしている。
 聞こうか聞くまいか、ずいぶん迷ったが「お姉さん、元気?」と訊いてみると、最近は明るくなって、ゲラゲラ笑いながら暮らしていますよ」と言うことだった。
 不思議なものである。なぜかほっとして、塾に通っていた頃のU子の面影がぼんやりと浮かんできた。
 そう言えば、あのときU子や私と一緒に塾に通っていた2人の女の子は、歯科医院も洋品店も跡継ぎがおらず、なくなってしまっているが、今も元気でやっているのだろうか。
 急に自分が老け込んでいくのを感じていた。

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