私はあの頃の通勤地獄のことまで、今は忘れてしまっているようである

 私は3年前から、大府コミュニティ推進協議会の広報部会に所属し、さまざまな行事やイベントの写真撮影や取材をしている。
 大府コミュニティ推進協議会には5つの部会があり、それぞれ年間計画を立てて活動をしている。
DSCN3459 (2).JPG その5つの部会の1つ、家庭教育部会の年間行事の中に「おはよう挨拶運動」があり、毎月第1月曜日と第3月曜日には、小学校の校門で登校時の児童に挨拶の声掛けをしている。
 なお、私の所属する大府コミュニティ推進協議会の区域には2つの小学校があるので、第1月曜日は大府小学校、第3月曜日は大東小学校と決められており、時間は午前7時半から8時10分までである。
 余談になるが、大府小学校の生徒数は725人で、大東小学校のそれは480人である。5年前までは、大府学区には小学校は1つであった。全生徒数は1200人を超えてしまい、全国でも指折りのマンモス小学校になった。
 5年前にそのマンモス小学校は、2つになった。
 大府の7つのコミュニティ推進協議会は小学校の子ども会単位で組織されている。
 私の所属する大府コミュニティ推進協議会の区域には、その2つの小学校が誕生したので、子ども会の2つになった。その2つの子ども会が共同で主催する行事はいいが、それぞれの子ども会が別々に行事を行うときには、コミュニティの担当者は忙しく、あちこち動き回らなければならない。
 ただ最近は、夏まつりや公民館まつりの管楽器演奏、そしてドッジボール大会などの参加は、それぞれの小学校が交互に参加するようになった。
 今日の「おはよう挨拶運動」や市内の団体が一斉に行う挨拶運動、各小学校下校時に行う「愛のパトロール」は、小学校個別に行われるので、コミュニティ役員が手分けして行っている。
 いずれにしても、コミュニティの各部会の行事は多岐にわたっている。
 それを広報部会員だけで写真撮影をし、取材をするのは多忙を極める。主催するコミュニティ役員が手助けしてほしいのだが、それは自分たちの仕事ではないという心のうちが役員たちの間に透けて見える。
 私の公園のバーベキュー場のアルバイトは12月になれば、シーズンオフに入るが、コミュニティの行事もまたシーズンオフに入り、特に戸外で行うインディアカ、グラウンドゴルフ、ビーチボールバレー、父ちゃんソフトボール大会などは11月一杯で終了する。その後の行事と言えば、12月の介護老人施設の慰問と来年2月の公民館の芸能祭があるだけである。
 そう言えば、去年はこうした大会の写真撮影と取材は、グラウンドゴルフ大会を除いて、すべて私がやってきた。
 こんなことを言っては不謹慎だが、小学校の子どもが参加する行事や大会は、年々児童は変わるのでまずいが、他の行事や大会は最悪の場合、使い回しをしてもいいのではないか、そんな気持にもなってくる。
 今日の「おはよう挨拶運動」の取材は会長の要望だが、去年の写真を流用すればいいと、広報部会長は前回の編集会議で言うのだが、やはり去年とは児童が違っているのだからと、バーベキュー場が休みということもあって、私が取材するからと主張した。

 午前7時半から始めると言うので、私は午前6時に起床して、朝早く仕事に出ている女房を待たずに朝食を済ませ、午前7時には大東小学校に出かけていった。
 私は、今日がウィークデイということを忘れていた。
 まず私の家から出た道路は名古屋方面に向かう車で混んでおり、その交差点を右折すると、今度は碧名線という道路が刈谷市方面に向かう車で渋滞しており、いつもなら5分も掛からず行けるところを30分も掛かってしまった。
 考えてみれば、今から14年前には、私は半田市の工場団地にあった会社に28年間も通っていた。同じ道路を通って通勤していた。通勤渋滞は常だったが、それなりの覚悟を持ち、少し早めの時間に家を出ていた。
 最近、ストレスを抱え込まないように、私は過去を振り返らないように心がけている。やれやれ、私はあの頃の通勤地獄のことまで、今は忘れてしまっているようである。

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