私たちの時代よりも、今の恋愛の方がスマートで、すがすがしい

 先だって、島本理生さんの直木賞受賞作『ファースト・ラヴ』を読んだ。
 私は【この小説の縦糸は、臨床心理士・真壁由紀による女子大生の父親刺殺事件の真相や心理の解明だが、横糸はもう一つの謎解きとも言うべき、由紀と義弟の迦葉の因縁のような関係である】と書いた。
 義弟の迦葉は、由紀とは大学が一緒で、互いに家庭環境が複雑だったこともあり意気投合。一時期は非常に親しく、体の関係もあった。
 だが、迦葉とのことはなかなか忘れきれない由紀だが、彼女との関係に無頓着な迦葉との距離を取りはじめ、次第に彼の義兄の我聞を結婚相手として意識始める。その我聞と由紀の最初のコンタクトのことが書き込まれている個所がある。
 我聞が由紀に「僕は遊びとかじゃなくて真剣に付き合っていきたいけど、それでもいい?」と告白する。由紀は思わず噴き出して、なんでそんなこと断るの、と笑って訊き返した。そして由紀は我聞をようやく一人の男性として向き合えるようになる。
 以後は本文の引用してみる。
 <我聞さんは立ち上がって
 「ちょっと、コンビニに行ってくるよ」
 と告げてテーブルに置いていた財布を摑んで、玄関から出て行った。
 アパートの階段を下りる音が響くと、そういえば成人式にホテルに行った元同級生も迦葉も避妊など気にかける素振りすらなかったことに気付いた。顔を思い出せない元恋人たちも。
 我聞さんはすぐに戻ってきた。靴を脱ぎながら、片手に持ったコンビニの袋が揺れていた。
 気まずくなると心配していたけれど、我聞さんにそのまま優しく抱きしめられると、体の力が素直に抜けた。彼が右手を伸ばして部屋の明かりを消した。>

 私の好きな女性作家である島本理生さんも山崎ナオコーラさんも、そして綿矢りささんもこうした恋に落ちる男女の描写はソフトで、嫌味がまったくない。むしろ、ファンタスティックと言っていい。
 大人としての由紀の対応も生のままで、男性に慣れている女性という感じではまったく感じられず、むしろこの描写で2人の関係のすがすがしさが伝わってくる。
 避妊具をコンビニに買いにいく男性が、ラヴ・アフェアに慣れた人物と取るか、それとも女性に対する思いやりのある男性と取るかは、世代によって異なるかも知れない。
 私の若い頃は、コンビニに避妊具を買いに行く男は、女たらしのイメージがあった。だが、今の私にはそんなイメージはまったくない。
 そして私たちの年代は避妊具を薬局で買っていたようだが、コンビニで買ってくるというのもいかにも現代風であり、おそらく我聞が持ってきたコンビニの袋には、避妊具が目立たないように別の商品も放り込まれていたのではなかろうか。

 私は京都の大学で勉強していた初恋の人に会うために、何度か京都に出かけて行ったが、手を握って歩くことができれば、それで充分、満足であった。
 28歳になったら結婚しようという暗黙の了解の仲ではあったが、私は性の対象として、彼女を見たことがなかった。小説のように成人式にホテルに行くなんて考えは、思いもつかなかった。
 そうかと言って、私たちの若い頃とは恋愛に対する時代感覚が違い、それがいいとか悪いとかをここで言いたいわけではない。恋愛に対する思いの質も行動も、肉体関係に関する考えも変遷して、当然だと思っている。
 コンビニに避妊具を買いに行くという行動を相手の女性に対する思いやりや気遣いだと受け止めるだけの時代感覚を持ち合わせているつもりである。そうでなければ、この2人の描写をすがすがしいと読み取ることはできない。
 単純に私たちの若い頃は、相手に対する思いやりが不器用で、いわば、恋愛ごっこのようなものだった。それは自分でも自覚している。
 相手に対する愛情の深さという側面からみても、今の恋愛の方がスマートで、すがすがしい。

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