小説『そして父になる』も、映画の脚本をノベライズしたものである
是枝裕和氏と佐野晶氏の共同執筆による小説『そして父になる』を読み終えた。
佐野晶氏のことについてはまったく知識がないので、ネットで検索してみたが、それでもその人物像や人となりが、はっきり見えてこない。
佐野晶氏はFACEBOOKをやっているようなので、アクセスしてみると、氏は岐阜大学出身で、その自己紹介欄に「物書きです。映画、ドラマのノベライズなどをして、貧乏ながら暮らしています。最近は「そして父になる」を書かせていただきました。」と載っている。
おそらくこの自己紹介欄は2013年あたりに書かれたものに違いない。
先だって、『そして父になる』と一緒に購入してきた2017年発刊の『三度目の殺人』も是枝裕和氏と佐野晶氏の共同執筆となっている。
また、それ以前の2016年の『海よりもまだ深く』も同じく是枝裕和氏との共同執筆となっている。
これらはすべて映画の脚本をノベライズしたもので、『そして父になる』も映画の流動的なシーンを静止画のように切り取った描写で、読んでいると、その描写は俯瞰だったり、接写だったり、ときにはカメラをレール上に走らせたりする移動撮影を連想させてくれる。
若い頃、映画監督にあこがれていたこともあって、私はそうした表現方法が嫌いではない。いや、むしろ好きな方だ。
物語は小学校受験のために体験入学にやってきた母親みどりと小さな男の子の描写から始まる。
その母親の夫は大手建設会社に勤める野々宮良多で、その良多とみどり夫妻には、6歳になる一人息子・慶多がいる。3人は高級マンションで優雅な暮らしをしていたが、ある日、慶多を出産した病院から連絡があり、出生時に取り違いが発生し慶多は実子ではないという事が判明する。
本当の息子・琉晴が暮らす斎木雄大とその妻ゆかりと接触した良多は、がさつで卑屈な雄大に嫌悪感を催すも、その息子の勝ち気で競争心ある態度に自分との「血」の繋がりを感じて、慶多と琉晴2人を引き取り、暮らすことを考える。
そして、その実現のために良太は雄大に対し、まとまった額のお金を渡すことを持ち出し、相手の反応をうかがってみる。すると雄大は良太の胸ぐらを掴んで、俄かにいきり立つ。
その描写は次のようである。
<「金で買う気か?子供を金で売れ、言うんか?オオ?金で買えるもんと買えへんもんがあるんやぞ」
良多は雄大の手を振り払った。
「あんた言ってたじゃないですか。誠意は金だって」
吐き捨てるような良多の言葉に、なおも雄大が掴みかかろうとする。ゆかりも加勢しようとした。
みどりは割って入って、雄大とゆかりに頭を下げた。
「すみません!うちの人。あんまり言葉が‣・・・・・その‣・・・・・ダメで、子供たちも見ていますんで、すみません!」
ゆかりと雄大は子供たちが遊ぶのをやめてこちらをじっと見ているのに気付いた。
「負けたことのないやつってのはホントに人の気持ちが分からないんだな」
雄大はそう言ってカツカレーの代金を払うと、子供たちの方にゆかりと共に去って行った。
良多はなおも納得がいかない、とでもいうように雄大たちの後ろ姿を睨みつけていた。>
「負けたことのないやつってのはホントに人の気持ちが分からないんだな」 ― まったくその通りである。
2人の父親の対比を見事に描いている。人間の複雑な情実はそれほど簡単に氷解することはない。
両家族の生活ぶりには格段の差があり、2人の子どもが育った環境も違っている。気になるのは、良多の考えには子どもの気持という視点が欠落している。
はたして2つの家族は【6年間育てた息子】を交換して、これまでのように暮らしていけるのであろうか、読者の興味はこの一点に集約されていく。
私も1歳になるかならないで、養子に出された身である。
実の母親が再々婚して生まれた弟をその養父母から「自分たち夫婦が逝ってからも、何かと相談に乗ってやってほしい」と涙ながらに頼まれた。私も少しはそのことが気になり、弟の結婚式に出席したり、盆暮れには何度か会ったりしたが、哀しいかな、心打ち解けて話したことは一度もなかった。
互いに成人していたので、肉親という気にはなかなかなれなかった。
そして、その弟も40歳半ばの若さで、交通事故で亡くなってしまった。
翻ると、『そして父になる』の2人の男の子は6歳である。両家族が肉親とか、肉親ではないとかいう垣根を取っ払って、両家族が自由に行き来をしていけば、2組の夫婦の中に実の子以上の愛情が育っていくのではなかろうか。
実の父親も知らず、血の繋がらない両親に育てられた私の経験からすれば、それはそんなに難しいことではない。そして、この小説のエンディングも、そのことを示唆しているように思われる。
佐野晶氏はFACEBOOKをやっているようなので、アクセスしてみると、氏は岐阜大学出身で、その自己紹介欄に「物書きです。映画、ドラマのノベライズなどをして、貧乏ながら暮らしています。最近は「そして父になる」を書かせていただきました。」と載っている。
おそらくこの自己紹介欄は2013年あたりに書かれたものに違いない。
先だって、『そして父になる』と一緒に購入してきた2017年発刊の『三度目の殺人』も是枝裕和氏と佐野晶氏の共同執筆となっている。
また、それ以前の2016年の『海よりもまだ深く』も同じく是枝裕和氏との共同執筆となっている。
これらはすべて映画の脚本をノベライズしたもので、『そして父になる』も映画の流動的なシーンを静止画のように切り取った描写で、読んでいると、その描写は俯瞰だったり、接写だったり、ときにはカメラをレール上に走らせたりする移動撮影を連想させてくれる。
若い頃、映画監督にあこがれていたこともあって、私はそうした表現方法が嫌いではない。いや、むしろ好きな方だ。
物語は小学校受験のために体験入学にやってきた母親みどりと小さな男の子の描写から始まる。
その母親の夫は大手建設会社に勤める野々宮良多で、その良多とみどり夫妻には、6歳になる一人息子・慶多がいる。3人は高級マンションで優雅な暮らしをしていたが、ある日、慶多を出産した病院から連絡があり、出生時に取り違いが発生し慶多は実子ではないという事が判明する。
本当の息子・琉晴が暮らす斎木雄大とその妻ゆかりと接触した良多は、がさつで卑屈な雄大に嫌悪感を催すも、その息子の勝ち気で競争心ある態度に自分との「血」の繋がりを感じて、慶多と琉晴2人を引き取り、暮らすことを考える。
そして、その実現のために良太は雄大に対し、まとまった額のお金を渡すことを持ち出し、相手の反応をうかがってみる。すると雄大は良太の胸ぐらを掴んで、俄かにいきり立つ。
その描写は次のようである。
<「金で買う気か?子供を金で売れ、言うんか?オオ?金で買えるもんと買えへんもんがあるんやぞ」
良多は雄大の手を振り払った。
「あんた言ってたじゃないですか。誠意は金だって」
吐き捨てるような良多の言葉に、なおも雄大が掴みかかろうとする。ゆかりも加勢しようとした。
みどりは割って入って、雄大とゆかりに頭を下げた。
「すみません!うちの人。あんまり言葉が‣・・・・・その‣・・・・・ダメで、子供たちも見ていますんで、すみません!」
ゆかりと雄大は子供たちが遊ぶのをやめてこちらをじっと見ているのに気付いた。
「負けたことのないやつってのはホントに人の気持ちが分からないんだな」
雄大はそう言ってカツカレーの代金を払うと、子供たちの方にゆかりと共に去って行った。
良多はなおも納得がいかない、とでもいうように雄大たちの後ろ姿を睨みつけていた。>
「負けたことのないやつってのはホントに人の気持ちが分からないんだな」 ― まったくその通りである。
2人の父親の対比を見事に描いている。人間の複雑な情実はそれほど簡単に氷解することはない。
両家族の生活ぶりには格段の差があり、2人の子どもが育った環境も違っている。気になるのは、良多の考えには子どもの気持という視点が欠落している。
はたして2つの家族は【6年間育てた息子】を交換して、これまでのように暮らしていけるのであろうか、読者の興味はこの一点に集約されていく。
私も1歳になるかならないで、養子に出された身である。
実の母親が再々婚して生まれた弟をその養父母から「自分たち夫婦が逝ってからも、何かと相談に乗ってやってほしい」と涙ながらに頼まれた。私も少しはそのことが気になり、弟の結婚式に出席したり、盆暮れには何度か会ったりしたが、哀しいかな、心打ち解けて話したことは一度もなかった。
互いに成人していたので、肉親という気にはなかなかなれなかった。
そして、その弟も40歳半ばの若さで、交通事故で亡くなってしまった。
翻ると、『そして父になる』の2人の男の子は6歳である。両家族が肉親とか、肉親ではないとかいう垣根を取っ払って、両家族が自由に行き来をしていけば、2組の夫婦の中に実の子以上の愛情が育っていくのではなかろうか。
実の父親も知らず、血の繋がらない両親に育てられた私の経験からすれば、それはそんなに難しいことではない。そして、この小説のエンディングも、そのことを示唆しているように思われる。
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