無意味と思えても、生きていくためには耐えることも必要である
私は現在、市のシルバー人材センターの理事を仰せつかっているが、1月16日の理事会の席で、理事長から予期せぬお叱りを受けてしまった。
市の公園のバーベキュー場がリニューアルオープンしてから、もうすぐ2年になろうとしている。
前リーダーからは随時、バーベキュー場の現状報告があったが、私がリーダーになってから、これまで一度も現状報告がないので、心配で仕方がないとおっしゃるのである。
その心配の背景には、市がシルバー人材センターに委嘱したバーベキュー場の維持管理の業務に不都合があれば、いずれは民間会社に委嘱が転注されることを心配しているのだ。詰まるところ、何も報告がないのは、私の怠慢だということを言いたいようだ。
私がバーベキュー場に関して報告しなかったのは、理事会というのは、シルバー人材センターの事務局が提示した議題を論議する場所であり、ひとつの班のことについて言及する場ではないと、私は思っていたからだ。
思い起こしてみれば、リニューアルオープンのセレモニーのときも、公園に防犯カメラ設置の記念行事のときも、市の姉妹都市のオーストラリアのポートフィリップ市の関係者が来園したときも、わざわざ市長はやってきてくれたのに、理事長は顔を見せなかった。
そんなことを思い出していると、何やら腹が立ってきて、今日の午前中は、私がこれまでやってきたことをいちいち細かい資料やデータを添付して、「平成29年度 公園のバーベキュー班の活動報告」を作成していた。
こんな資料作りをしていると、現役サラリーマン時代のことを嫌でも思い出すことになる。
公園の管理事務所にはWi-Fi(無線LAN)が導入されていないこともあって、こうした作業は、当然、家で行わなければならない。いわば、無給の作業である。
なんてこったと毒づきながらも、この作業が無給だとか、意味があるとか、ないとかの問題ではないことは、充分承知している。生きていくには、無給の作業にも無意味なことにも、無言で耐えることも、ときには必要なのだ。
昼食前には、大方ながら完了した。2月20日の理事会で、報告しようと思っている。
それにしても今日は寒い。パソコンのキーボードを叩いている指先がかじかんでくる。
ネットの天気予報は、午後から雨マークになっていて、まるで雪空のように暗いが、まだ雨は降り出していない。
いつもの散歩コースに出て、寄り道である新刊書店に入ると、新書の新刊コーナーに西部邁氏の『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』が平置きされていた。
例によって、しばらく立ち読みをしていたが、その【解題 ― 序に代えて】の冒頭には、次のようなことが載っている。
<自分にとって最後となるはずの著述を娘を相手にしての口述筆記で行わなければならないのは、聞き手の右腕が、手や指先をはじめとして、益々激しく神経痛に襲われているからである。その原因は頸椎磨滅と腱鞘炎の合併からくるもののようだが、ともかく七十八歳にして書記というものをまったくできなくなった。>
そして【あとがき】には、次のようなことが載っている。
<我が娘、西部智子よ、きみに僕の最後のものとなる著述を助けてもらって、大いに楽しかったし嬉しくもあった。これまで頂戴したきみからの助力のことも含めて、心から感謝する。とくに、僕の喋ったことがきみの気にらないと顔をしかめ気に入ったらニコリとしてくれたのが僕にはとても面白かった。ともかく僕はそう遠くない時機にリタイアするつもりなので、そのあとは、できるだけ僕のことは忘れて、悠々と人生を楽しんでほしい。>
上述の文中で語っている内容は、まるで遺書のようにも受け取れる。
私は、西部氏の著作は1986年に発刊された『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』を購入して、果敢にも読み始めたが、私は内容になかなか溶け込めなくて、途中放棄してしまった。
私は六〇年安保と70年安保の狭間で、学生時代を過ごしたノンポリ人間である。
それでも東大自治会委員長として60年安保闘争で指導的な役割を果たした西部邁氏と、70年安保のときの日本の学生運動家で日大紛争時の日大全共闘議長の秋田明大氏の名前だけは知っていた。
また途中放棄をしてしまうかも知れないと思いつつ、『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』を購入してしまった。
夕食が済んでから、ネットのニュースを読んでいたら、【評論家の西部邁さん入水自殺 多摩川河川敷に遺書も】とう記事が目に飛び込んできた。
その記事の冒頭を読んでみた。
<保守派の論客で知られ、「朝まで生テレビ!」などでも活躍した西部邁さんが21日、死去した。78歳。東京都大田区の多摩川で自殺を図り、溺死したとみられる。河川敷で、遺書が発見された。昨年末に発売された著書では独特の死生観をつづり、あとがきに「自殺」をほのめかすような表現もあった。>
私が先ほど、新刊書店で立ち読みした【解題 ― 序に代えて】や【あとがき】の表現は、やはり自殺をほのめかす文だったのだ。
それにしても、私が西部氏の最後の著作を買った日に、西部邁氏の入水自殺を知ることになるとは、何という偶然なのであろうか。
それはもしかすると、遠き昭和の終焉を示唆しているのかも知れない。
市の公園のバーベキュー場がリニューアルオープンしてから、もうすぐ2年になろうとしている。
前リーダーからは随時、バーベキュー場の現状報告があったが、私がリーダーになってから、これまで一度も現状報告がないので、心配で仕方がないとおっしゃるのである。
その心配の背景には、市がシルバー人材センターに委嘱したバーベキュー場の維持管理の業務に不都合があれば、いずれは民間会社に委嘱が転注されることを心配しているのだ。詰まるところ、何も報告がないのは、私の怠慢だということを言いたいようだ。
私がバーベキュー場に関して報告しなかったのは、理事会というのは、シルバー人材センターの事務局が提示した議題を論議する場所であり、ひとつの班のことについて言及する場ではないと、私は思っていたからだ。
思い起こしてみれば、リニューアルオープンのセレモニーのときも、公園に防犯カメラ設置の記念行事のときも、市の姉妹都市のオーストラリアのポートフィリップ市の関係者が来園したときも、わざわざ市長はやってきてくれたのに、理事長は顔を見せなかった。
そんなことを思い出していると、何やら腹が立ってきて、今日の午前中は、私がこれまでやってきたことをいちいち細かい資料やデータを添付して、「平成29年度 公園のバーベキュー班の活動報告」を作成していた。
こんな資料作りをしていると、現役サラリーマン時代のことを嫌でも思い出すことになる。
公園の管理事務所にはWi-Fi(無線LAN)が導入されていないこともあって、こうした作業は、当然、家で行わなければならない。いわば、無給の作業である。
なんてこったと毒づきながらも、この作業が無給だとか、意味があるとか、ないとかの問題ではないことは、充分承知している。生きていくには、無給の作業にも無意味なことにも、無言で耐えることも、ときには必要なのだ。
昼食前には、大方ながら完了した。2月20日の理事会で、報告しようと思っている。
それにしても今日は寒い。パソコンのキーボードを叩いている指先がかじかんでくる。
ネットの天気予報は、午後から雨マークになっていて、まるで雪空のように暗いが、まだ雨は降り出していない。
いつもの散歩コースに出て、寄り道である新刊書店に入ると、新書の新刊コーナーに西部邁氏の『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』が平置きされていた。
例によって、しばらく立ち読みをしていたが、その【解題 ― 序に代えて】の冒頭には、次のようなことが載っている。
<自分にとって最後となるはずの著述を娘を相手にしての口述筆記で行わなければならないのは、聞き手の右腕が、手や指先をはじめとして、益々激しく神経痛に襲われているからである。その原因は頸椎磨滅と腱鞘炎の合併からくるもののようだが、ともかく七十八歳にして書記というものをまったくできなくなった。>
そして【あとがき】には、次のようなことが載っている。
<我が娘、西部智子よ、きみに僕の最後のものとなる著述を助けてもらって、大いに楽しかったし嬉しくもあった。これまで頂戴したきみからの助力のことも含めて、心から感謝する。とくに、僕の喋ったことがきみの気にらないと顔をしかめ気に入ったらニコリとしてくれたのが僕にはとても面白かった。ともかく僕はそう遠くない時機にリタイアするつもりなので、そのあとは、できるだけ僕のことは忘れて、悠々と人生を楽しんでほしい。>
上述の文中で語っている内容は、まるで遺書のようにも受け取れる。
私は、西部氏の著作は1986年に発刊された『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』を購入して、果敢にも読み始めたが、私は内容になかなか溶け込めなくて、途中放棄してしまった。
私は六〇年安保と70年安保の狭間で、学生時代を過ごしたノンポリ人間である。
それでも東大自治会委員長として60年安保闘争で指導的な役割を果たした西部邁氏と、70年安保のときの日本の学生運動家で日大紛争時の日大全共闘議長の秋田明大氏の名前だけは知っていた。
また途中放棄をしてしまうかも知れないと思いつつ、『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』を購入してしまった。
夕食が済んでから、ネットのニュースを読んでいたら、【評論家の西部邁さん入水自殺 多摩川河川敷に遺書も】とう記事が目に飛び込んできた。
その記事の冒頭を読んでみた。
<保守派の論客で知られ、「朝まで生テレビ!」などでも活躍した西部邁さんが21日、死去した。78歳。東京都大田区の多摩川で自殺を図り、溺死したとみられる。河川敷で、遺書が発見された。昨年末に発売された著書では独特の死生観をつづり、あとがきに「自殺」をほのめかすような表現もあった。>
私が先ほど、新刊書店で立ち読みした【解題 ― 序に代えて】や【あとがき】の表現は、やはり自殺をほのめかす文だったのだ。
それにしても、私が西部氏の最後の著作を買った日に、西部邁氏の入水自殺を知ることになるとは、何という偶然なのであろうか。
それはもしかすると、遠き昭和の終焉を示唆しているのかも知れない。
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