あなたは2年間、わたしを女として見てくれなかったのよ

 男と女は1990年、男が勤める会社の創業50周年祝賀会で始めて出会った。
 その祝賀会には、招待された得意先や協力会社の代表者を含めて、約500人が集まっていた。ホテルのワンフロアを借り切って行われた立食パーティー形式の祝賀会であったが、女はそのパーティーのアシストする15人のコンパニオンのリーダーであった。
 彼女は、事前に司会進行役の男と何度か打ち合わせをすることになった。ビジネスライクに接しているうち、いつしか互いに気になる存在となっていった。
 そのパーティーがきっかけで、日にちと時間を調整して月に1度はデートをする仲になったが、あくまでも気の休まる友だち付き合いで、男と女の仲に発展することはなかった。
 たまにはスナックに飲みに行くこともあったが、マスターもママも二人は当然のように男と女の関係だと思っていて、できうる限り、二人の邪魔をしないようにと気を配ってくれていた。
 二人にしても、敢えて周りの誤解を否定しようとせず、こうした恋人ごっこも洒落た遊びだと割り切っていた。
 男には妻や子どもがいて、女と関係を持つことで家庭を壊したくなかった。
 最初のデートのときに、女がバツ2と聞いて、一旦、女が関係を持つと、男を束縛するタイプの女性ではないかと恐れる気持が拭え切れず、自分の行動にブレーキを掛けていた。男はずっと気の合った女友だちでいいと割り切っていて、一線を超えることはなかった。
画像 始めて知り合ってから、2年が過ぎた。
 毎月、中旬になると、女から男の会社に「どうしても相談したいことがあるから」と、いかにも気を惹くような電話が入る。男は了解して、いつものように隣接する市の女のマンションに迎えに行く。
 男は女のケイタイに電話を入れる。ワン切りで、了解したという合図が返ってくる。
 女はマンションのエントランスから、男の車に乗り込むとき、「後ろの座席に乗るわね」とさっさと後部座席に乗り込んできた。
 「おい、いつもは助手席なのに、どうして?」 
 男はいつもと違う女の態度が気になった。
 「誰かに見られると困るから」 
 女の他人行儀な態度で、男は恋人ごっこが終焉したことを感じ取った。
 いくばくかの気まずい空気が流れたが、男は思考を停止し、無我状態となった。どんな話を切り出されても、男にはそのことを受け入れようと思った。
 男の住んでいる市の有料駐車場に車を停めてから、駅のタクシーで予約してあった料理旅館に向かった。
 和式の六畳の個室の真ん中には掘り炬燵があり、その上には長方形のテーブルが置かれていて、もうすでに日本茶が2つ用意されている。
 男は女将に向かって、いつもの懐石料理を注文する。個室に一瞬の静寂が訪れた。
 女は1ヶ月ほど前に、ある男性から求婚を受けて、さんざん悩んだ末にその男の申し出を受けることを決心したのだと切り出した。
 言い終わると同時に女はググッという呻き声を出し、急に大粒の涙を流し出した。しばらくしてから、男を恨めしそうに見上げる。
 「あなた男なの?2年も付き合っていながら、なんで手のひとつも握ってくれなかったの?夜中まで一緒に飲み歩いたのに、なぜキスもしてくれなかったの?せっかく、わたしはスキだらけにしていたのに!」
 男は何も言えなかった。
 「あなたには家庭があるし、わたしはバツ2だし、だから、あなたは2年間、わたしを女として見ていなかったのよね」
 「ごめん!」男は言葉が出なかった。
 「ねえ、わたしの手を力一杯、握ってくれない?わたしたち、あれだけ何度もデートしたのに、一度だって手も握ってくれたことがなかったじゃない。わたしはあなたに逢って、これまで感じたことのない気持を味わったのよ。せめて、あなたの掌の感触だけでも、思い出として持っていきたいの!」
 始めて握った女の掌は、恐ろしいほどに柔らかかった。
 男の両手を覆うように握っていた女の手が震え始め、女の手の甲に幾粒もの涙のしずくが落ちた。
 <なあに、心配することはないよ。オレみたいな中途半端な男のことはすぐに忘れることができるさ。今度こそ、幸せを掴めよ> 
 男はそう心の中で呟いていた。
 男の両手はしばらくの間、これまでの2年間の思い出を懐かしむように、女の両手に弄ばれていた。

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