そのタイトルは 純真無垢な女性の気持を象徴している

 今日、公園のバーベキュー場の3連続勤務がやっと終わった。
 12時半に仕事が終わり、家で昼食を食べたあと、よほど疲れていたのであろうか、リクライニングシートでいつの間にか、眠っていた。気が付けば、午後3時を回っている。
 昨日と今日、忙しく動き回ってはいたが、3人のメンバーが気が合っていたせいか、仕事中は意外に楽しかった。
 3人とも同じような年齢で、しかも他の2人はカラオケ好きで、1人は市の「歌謡友の会」で副会長をしており、もう一人は地域の「カラオケ同好会」の会長をしている。私もまた歌謡曲が大好きである。
 午前10時と昼の休憩で、話が途切れて沈黙が訪れると、誰かが昭和の歌謡曲の話をし出すと、たちまち話題が広がり、私も含めて、途端に3人が饒舌になる。
 同じ趣味を持っているということは、それだけで、相手のことが分かったような気になる。何とも不思議な現象である。
画像 今日の話題は、先だってテレビで放映された「昭和歌謡史」であった。
 それぞれ、自分の心に残っている歌を紹介し合ったが、私は基本的には演歌好きだが、どういう心境だったのか、これまでに一度も歌ったことはないが、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」を上げていた。
 この歌を聴いていると、ある女性のことを思い出している自分にふと気付くことがある。
 その女性と恋人は、同じ神戸の外国語大学に通っていたが、卒業と同時に、その女性は故郷の名古屋に戻り、デパートの外商部に勤めるようになり、恋人は東京の商社の入社試験に受かり、単身で東京暮らしをするようになった。
 それから、2人の遠距離恋愛が始まった。だが、その遠距離恋愛は2年と続かなかったらしい。
 私がその女性と知り合いになったのは、10年前、ビジネス英語の学校であったが、彼女に出会った頃、その悲嘆ぶりは目を覆うばかりであった。
 彼女の寂しげな表情を見るたびに、私は太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」の主人公にリンクしていく。
 この歌の内容は、都会に出た男性と故郷に残された女性との遠距離恋愛がベースにあり、交互にその思いを伝えるという形式の歌である。
 結局、おとなしく田舎で待つ女性は、恋人から「恋人よ 君を忘れて 変わってく ぼくを許して」と別れを告げられる。
 私には、田舎で自分の帰りを待つ女性の姿は理想形のように映るのだが、「木綿のハンカチーフ」の主人公は田舎に置き去りにされる。そして、私にはタイトルの「木綿のハンカチーフ」は、純真無垢な女性の気持を象徴しているようにも思えてくる。
 私もまた、この「木綿のハンカチーフ」の男女が入れ替わったような経験をしているので、なおさら、この歌が印象に残っている。
 そう言えば、この「木綿のハンカチーフ」の歌詞と上述の女性の気持をモチーフに、次のようなショートストーリーを書いたことがある。
 今さらだが、紹介してみる。
 <5月に入り、午後3時ともなると、小高い新幹線の名古屋駅ホームは、西口に高い建物がない分、ときどき強い風が吹き抜けていく。だが、風は実に爽やかだ。
 女は男の手と自分の手を重ね、地下から吹き上げてくる風でプリーツスカートがひらめかないように気にしながら、新幹線ホームへの階段を上っていった。
 二人のその姿は、何度も練習を重ねたリレー走者がバトンを渡すときのようなスムーズさでまったく違和感のない行為であった。
 定刻通り、ひかり号がホームに滑り込んだ。
 男は女に一瞥を投げかけ、無言で列車に乗り込んで、振り向きざま、右手を少し挙げて、サヨナラの仕草をした。
 窓際の指定席に座った男が何かを女に話し掛けてくる。新幹線の窓は開かない。男の唇の動きが、「来年はもう帰らない。元気で!」と言っているように思えてきた。
 女の中に、これまでの年と違った今回の男の素振りから、ひょっとすると最後になるかも知れないという不安が駆け巡りはじめた。名古屋に一人、残される予感が膨らんでいく。
 女と男は昭和43年に名古屋にある外国語大に入学した。
 女と男は大学3年のゼミのコンパで知り合い、それから結婚を前提に付き合うようになった。キャンパスで腕を組んだり手を結んだりし、人目を忍んでキスをするようになったが、それ以上の関係になることはなかった。
 2人の間には、共に28歳になったとき、結婚しようと暗黙の了解があった。
 女は卒業するとそのまま名古屋のデパートに就職し、男は地元の商事会社に就職したが、半年後に男は英語の会話力を認められて東京支社の外商部の転勤となり、それから4年が経った。
 男は盆休みや正月休みは、実家の福岡には帰らず、女の故郷である名古屋で会うようになった。女は心の中で、男が東京に呼び寄せてくれるのをひたすら待ち続けていた。
 ところが、1年が過ぎ、2年が経過すると女は男との間に少しずつ距離ができ、名古屋に来る回数は減り、やがて、連絡も途絶えるようになった。
 女と男の歩幅には、身長差があれば、その分の差は生じてくる。それでも近くにいて、いつも会ってさえいれば、どちらかがその歩幅の差に気付き、相手を思い遣ってその差を縮めようと努力する。相性の合った恋人同士なら、何の躊躇もなく行う軌道修正である。
 ところが、名古屋と東京と離れて暮らし、会わなかった時間が多くなるにつれて、2人の歩幅の差を互いに意識しなくなる。会えない時間が愛を育てるとは、歌謡曲の歌詞の世界だけで、現実の2人には、その分だけ深刻が募っていき、気持は疑心暗鬼になるばかりであった。
 まして、女は勿体ぶった言い方を嫌う方だったし、思いの丈をそのまま男にぶつけるような性格でもなかった。
 確実に会えない時間は女と男の気持を蝕んでいく。そして、修復できないようなズレを生じさせた。
 その気持のズレは男のファッションや髪形にも現れてきたし、必死で訓練したと思われる男の標準語にも、女は男のよそよそしさを感じるようになった。
 【わたしは学生のときと同じ気持をずっと持ち続けてきたのよ。でも、あなたの気持は、もうすっかり変わってしまった】
 女は、新幹線の指定席の男に小さく手を振りながら、「体に気を付けてね」と呟いていた。女の頭の中を「木綿のハンカチーフ」のメロディーが通り過ぎていく。そして、それは5月の風のように、さりげなく通り過ぎていった。>

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