女は元夫と復縁することになり、ひっそり団地から去って行った

 男は今年の12月が来ると51歳になる。
 男は妻に内緒で、10歳年下の女と10年間付き合っている。だが、肉体関係まではいっていない。それでも不倫には違いない。
 男は1ヶ月半ほど前に偶然、地元のJRの駅のプラットホームで、女が別の男性と名古屋行の電車に乗り込むところを目撃してしまった。
 女の友だちから聞いていた男性の特徴が、元夫に似ていて、男は元の鞘に収まったのではないかという疑念をたちまち湧いてきて、なかなか消し去ることができなかった。
 女には元夫との間に2人の女の子がいる。
 男は女に会い、元の鞘に収まったかどうか、そのことを確かめる決心をして、今週の木曜日、いつもの場所、いつもの時間にというメールを打った。
 男は、女が住んでいる団地内の道路で、車のハザードランプを点けて、女が出て来るのを待っている。
 不意に女が車に乗り込んできたとき、男はこの40日間、何の連絡もしなかった後ろめたさがどっと押し寄せてきた。
 男は女の気性を考えると、どんなふうに声を掛けていいのか分からず、言葉選びに思案したあと、やっと「久しぶり」という声を掛けようと目を合わせた途端、たちまち言いよどんでしまった。
 すると、そんな男の気持を察してか、先手必勝とばかりに、女は、言いよどんでいる男に思い切り直球を投げ込んできた。
 「わたし、今日のデート、OKとも、OKでないとも言ってないんだけど」
 更に女は、男に息も付かせず、攻め込んでくる。
 「あなた、何をオドオドしているの。わたしに、1ヶ月以上も連絡しなかったことを気にしているんでしょ」
 さすがは、勘の鋭い女である。男の心の動揺を素早く見抜き、先手を打ってくる。
 おそらく、男に向かって、余程言いたいことがたまっていたのか、更に続けて女は畳み込む。
 「いつも言っているでしょ。会社の業務連絡じゃあるまいし、あんな味も素っ気もないメールを打ってくるなんて、あなたはどうして、メールの相手に対して、もう少し、気を遣ったメールを打てないのよ」
 まさに、責められっぱなし状態とはこのことだ。
 男が打ったメール文は次の通りである。
 【お元気ですか。20日の木曜日、朝十時に迎えに行きます。何かあったら、連絡ください。カズアキ】
 女からの返信メールは、男の文面に合わせ、これまた、一般の会社の業務連絡のようであった。
 【お久しぶりですね。伝言メモみたいですね。明日は雨っぽいですよ。レイコ】
 確かに、女の返信メールの文面からは、木曜日に会うのは、都合がいいとも、悪いとも、全く判断が付かない内容である。
 女が、男の心の動きを察するのが上手くなったように、男も10年間の付き合いで、メールの文面だけで、女の気持をほぼ、察することができるようになっている。
 たぶん、女は【やっと連絡をくれたと思ったら、会社の伝言メモのようなメールをくれるなんて、これだけ、長い間、わたしと付き合ってきているのに、あなたはまだ、わたしの気持を分かろうとしないの。どれほど、わたしがあなたからの連絡を待っていたかなんて、きっと、あなたには生涯、分からないでしょうね】と言いたかったに違いない。
 ところが、女の気の強さが、婉曲的にメールのやり取りを皮肉りながら、男を責めているのである。
 男は、女のこのときの言葉や態度で、はっきりと確信していた。女の声が、耳の奥から、悪魔のように聞こえてくる。
 【あなた、何を今さら、思い悩むことがあるの。人からどんなに非難され、後ろ指を指されても、あなたが自分の意思で、わたしから立ち去らない限り、いつも、わたしはあなたのそばにいるつもりよ】
 それは、たぶん、屈折した心の持ち主の男だけに聞こえた都合のいい声だったのかも知れない。
 やがて、女が元夫と名古屋へ行ったのは、来年、中学に入る上の娘のために、家具店に勉強机を買うためであったことが、男は女の友だちから聞かされることになる。
 そして2年後、女は元夫と復縁することになり、ひっそり団地から去って行った。

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