この小説の結末に感動よりも恐ろしさを感じてしまった
辻原登氏の『冬の旅』を読み終えた。
随分前に読み終えていたが、なかなか読後感が書けなかった。ラストが余りにも衝撃的だったからだ。
この本をたまたま購入する気になったのは、帯びに第24回伊藤整文学賞受賞とあり、「時代と運命に翻弄される男と女。現代を根底から照射する、悲しみの黙示録」という惹句が載っていたからだ。
何にしても、伊藤整という名前が懐かしかった。
私が伊藤整氏の著作『文学入門』を読んだのは高校生のときだった。そして歳の離れた従兄に連れられて、伊藤整氏のエッセー「女性に関する十二章」をもとに、和田夏十がシナリオを書き、ご主人の市川崑が監督した映画を観に行ったのは、小学生4年生のときであった。
その『文学入門』は引っ越しのときに行方不明となり、映画の内容もまったく覚えていない。だが、伊藤整という名前はなぜか懐かしい。
なお、伊藤整文学賞には、小説と評論の2部門があるが、小説部門の受賞者の顔ぶれを見ると、純文学の作家に贈られているようだ。
Amazonには『冬の旅』の内容紹介が次のように載っている。
【妻の失踪を皮切りに、緒方隆雄の人生は悪いほうへ悪いほうへと雪崩れる。失職、病、路上生活、強盗致死…。二〇〇八年六月八日午前九時。五年の刑期を終えて、緒方は滋賀刑務所を出所する。愛も希望も潰えた。残されたのは、凡てからの自由。たった一人、この世の果てへと歩き出す。衝撃のラストが待ち受ける―。魂を震わす、慟哭の物語。】
物語は、主人公の緒方隆雄が2008年6月に滋賀刑務所から出所するところから始まる。
専門学校卒業後、餃子のチェーン店に就職した緒方は、自分の鎖骨を若いアルバイト店員に見せ、触らせてしまったことで、ホモセクシャルな性癖をもつ人間と誤解されて、退職を余儀なくされる。
そのことが、主人公の転落一途の人生の始まりとなる。
その後、関西の新興宗教教団に再就職した彼は、阪神大震災の際に教団が行った被災地での救援活動で知り合った看護婦ゆかりと結婚し、マンションを購入する。
妻のゆかりは、震災で亡くなった父の借金の返済のために、主人公の知らない裏の仕事をしている。そのことが、主人公が刑務所に収監されるような罪を犯す引き金となる。
主人公は刑務所から満期で出所したときの所持金は17万少々、やがて主人公は数日で所持金を使い果たし、大阪から故郷の和歌山に行こうと決心する。所持金がなくなっているので、無賃乗車である。
車内検札に出会い、列車から飛び降り、主人公は彷徨をし始める。やがて親切な老夫婦の住む家にたどり着き、しばらく身を寄せることになる。
だが、主人公はその親切な老夫婦の家の中を探しまくり、金目のものを物色している姿を老夫婦に見つけられる。
<爺さんが言った。
「おカネをあげたいけど、うちには一銭もないんや」
緒方は膝をついて、包丁を向ける。爺さんと婆さんは少しも騒がず、穏やかな表情で、緒方に向かって手を合わせ、南無阿弥陀仏を唱えた。
(中略)
それから、二人の顔を避けてうしろに回り、包丁をかまえた。そのとき、彼の左手が急にぶるぶる震えだして、右手を掴もうと動いた。止めようとしたのか。しかし、右手の動きのほうが速かった。緒方は、老夫婦の背中を、心臓を狙ってそれぞれ一回ずつ、深く突き通した。
緒方は血溜まりの中にすわっている。
「おれの最初の躓きは何だったのか」
畳の上に突っ伏した二人の遺体のそばで、緒方はあの問いをもう一回、くり返した。>
主人公に親切に対応してくれる老夫婦までも、主人公は殺めることになる。
何とも衝撃的な結末である。いや、主人公のこれまでのあり得ないと思えるほどの人生の転変、転落が重なったとしても、たとえこの小説が「悲しみの黙示録」と謳われていても、作者はほんの少しでもいいから、向こう側に光明が見える結末を用意できなかったのであろうか。
私は、この小説に感動よりも恐ろしさを感じてしまった。
この本をたまたま購入する気になったのは、帯びに第24回伊藤整文学賞受賞とあり、「時代と運命に翻弄される男と女。現代を根底から照射する、悲しみの黙示録」という惹句が載っていたからだ。
何にしても、伊藤整という名前が懐かしかった。
私が伊藤整氏の著作『文学入門』を読んだのは高校生のときだった。そして歳の離れた従兄に連れられて、伊藤整氏のエッセー「女性に関する十二章」をもとに、和田夏十がシナリオを書き、ご主人の市川崑が監督した映画を観に行ったのは、小学生4年生のときであった。
その『文学入門』は引っ越しのときに行方不明となり、映画の内容もまったく覚えていない。だが、伊藤整という名前はなぜか懐かしい。
なお、伊藤整文学賞には、小説と評論の2部門があるが、小説部門の受賞者の顔ぶれを見ると、純文学の作家に贈られているようだ。
Amazonには『冬の旅』の内容紹介が次のように載っている。
【妻の失踪を皮切りに、緒方隆雄の人生は悪いほうへ悪いほうへと雪崩れる。失職、病、路上生活、強盗致死…。二〇〇八年六月八日午前九時。五年の刑期を終えて、緒方は滋賀刑務所を出所する。愛も希望も潰えた。残されたのは、凡てからの自由。たった一人、この世の果てへと歩き出す。衝撃のラストが待ち受ける―。魂を震わす、慟哭の物語。】
物語は、主人公の緒方隆雄が2008年6月に滋賀刑務所から出所するところから始まる。
専門学校卒業後、餃子のチェーン店に就職した緒方は、自分の鎖骨を若いアルバイト店員に見せ、触らせてしまったことで、ホモセクシャルな性癖をもつ人間と誤解されて、退職を余儀なくされる。
そのことが、主人公の転落一途の人生の始まりとなる。
その後、関西の新興宗教教団に再就職した彼は、阪神大震災の際に教団が行った被災地での救援活動で知り合った看護婦ゆかりと結婚し、マンションを購入する。
妻のゆかりは、震災で亡くなった父の借金の返済のために、主人公の知らない裏の仕事をしている。そのことが、主人公が刑務所に収監されるような罪を犯す引き金となる。
主人公は刑務所から満期で出所したときの所持金は17万少々、やがて主人公は数日で所持金を使い果たし、大阪から故郷の和歌山に行こうと決心する。所持金がなくなっているので、無賃乗車である。
車内検札に出会い、列車から飛び降り、主人公は彷徨をし始める。やがて親切な老夫婦の住む家にたどり着き、しばらく身を寄せることになる。
だが、主人公はその親切な老夫婦の家の中を探しまくり、金目のものを物色している姿を老夫婦に見つけられる。
<爺さんが言った。
「おカネをあげたいけど、うちには一銭もないんや」
緒方は膝をついて、包丁を向ける。爺さんと婆さんは少しも騒がず、穏やかな表情で、緒方に向かって手を合わせ、南無阿弥陀仏を唱えた。
(中略)
それから、二人の顔を避けてうしろに回り、包丁をかまえた。そのとき、彼の左手が急にぶるぶる震えだして、右手を掴もうと動いた。止めようとしたのか。しかし、右手の動きのほうが速かった。緒方は、老夫婦の背中を、心臓を狙ってそれぞれ一回ずつ、深く突き通した。
緒方は血溜まりの中にすわっている。
「おれの最初の躓きは何だったのか」
畳の上に突っ伏した二人の遺体のそばで、緒方はあの問いをもう一回、くり返した。>
主人公に親切に対応してくれる老夫婦までも、主人公は殺めることになる。
何とも衝撃的な結末である。いや、主人公のこれまでのあり得ないと思えるほどの人生の転変、転落が重なったとしても、たとえこの小説が「悲しみの黙示録」と謳われていても、作者はほんの少しでもいいから、向こう側に光明が見える結末を用意できなかったのであろうか。
私は、この小説に感動よりも恐ろしさを感じてしまった。
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