男は 惚れた女性のために無一文になってしまった

 私は62歳で会社をRetireしてから、タバコは吸わなくなったし、酒も年に1度か2度しか飲まなくなった。
 バーベキュー場のアルバイトが8月10日から盆明けまで忙しかったこともあって、どこかで息抜きがしたくて、先だって、今年なってはじめて馴染みのスナックに飲みに行った。
 昔からの馴染みと言うこともあって、店のママがJR東海道線の駅まで迎えに来てくれる。そして店がはねると、親切にも家まで送ってくれる。これも50年来の馴染みということで、私が一方的に甘えているからだ。
 その車での帰り道、ママが突然、15年ほど前まで、そのスナックに毎日のように飲みに来ていた男性客の名前を上げてきた。私も以前はよく店に顔を出していたし、その人とカウンターで隣同士になることもあり、何度か差し障りのない世間話をしたこともあったので、ある程度のことは知っていた。
 その人は、店と同じ地域にあるトヨタのグループ会社の工場に勤めていて、確か歳は30代後半で、しかも独身だったと記憶している。
 控え目な性格が災いしたのか、女性に余り縁がないように思えたが、唯一、ママの店に働いていた40代の女性に夢中になっていて、その気の遣いようは傍目から見てもいじらしいほどであった。
 その女性は3年ほど、ママの店で働いてから、別の店に移っていった。
 しばらくして、その男性はその40代の女性と一緒によく店に飲みに来るようになり、惚れた弱みというか、女性の方が年上で気が強いということもあってか、いつも主導権は女性の方が持っていた。その人はただただ女性の機嫌が損なわないように、心配りをしていた。
 ママに話によれば、その男性はその惚れた女性のために、結婚資金のための貯金を切り崩し、退職金までも前借して注ぎ込んだと言うことである。結局、その人は無一文になり、女性からはハバにされて、会社を辞めて故郷に帰って行ったということだ。
 その話が終わり、あとわずかで、私の家に着こうかというときに、ママが私に向い、「あなたも同じように被害に遭った口じゃないの?」と訊いてきた。
 確かにそれらしき素振りをされたことはあったような気もするが、はっきりした記憶は残っていない。その人に鞍替えしたようにも思える。
 ただ、件の男性と40代の女性のことについては、以前、ショートストーリー風にこのブログに、次のように書き込んだことがある。
     ○                      ○                        ○
 「ねえ、アンタ。あんまり、わたしのケイタイに電話を掛けてこないで!毎日じゃ、いくらわたしでもウザくなってくるの!」
 「オレにしたら、キミの声が毎日でも聞きたくなるから、仕方がないんだよ」
 「ねえ、アンタ、覚えておいて。アンタはわたしのカレシじゃないのよ。これまで、わたしがアンタに何か買ってほしいとか頼んだことがある?アンタが勝手にわたしのアッシーになりたがっているだけじゃないの!わたし、基本的にカレシでもない人に金銭面でも気持の面でも負担を掛けたくないのよ」
 男はあたかも死刑宣告でも受けたように頭が真っ白になった。
 馴染みのスナックのマスターがいつもと違う男の表情に気が付いて、怪訝そうに見つめている。
 男と女は知り合ってから、今年で6年目になる。男が32歳になったばかりのときに、同期入社の同僚とそのカノジョと3人でスナックに飲みに行くことになり、待ち合わせ場所に行ってみると、同僚のカノジョの友だちであるその女が付いてきた。
 野暮ったくて、ちょっと太めだった男はこれまで恋人と名の付く女性に出会ったことがない。女を呼んだのはそんな男に同情した同僚の心遣いであった。
 初めて女に会ったとき、男は一目ぼれした。美人タイプの上に、会話の中でみせる知性的な面が男を魅了した。
 だが、女からは片想いだが、好きな人がいると初対面で宣告を受けたが、友だちとしてなら付き合ってもいいと言われて、男は有頂天になった。
 あれから、唯一の女ともだちとして6年が経っても、都合のいい男の域を超えることはできなかった。
 男は女のすごい剣幕に哀しくなってきて、恐る恐る訊いてみた。
 「電話を掛けるのをどのくらい日にちを空けたら、ウザくなくなるの?」
 「話したくなったら、わたしの方から電話するから、・・・」
 男はこの6年の年月が頭の中を駆け巡り出した。女にうまく言いくるめられているような気にもなってくる。
 <カレシでもない人に金銭面でも気持の面でも負担を掛けたくないの>という女の言葉が引っ掛かったのだ。
 女に交通の便の悪い処で、会社の飲み会があると、いかにも困惑顔で言われると、男は即刻自発的に送り迎えを申し出たし、女が結婚式に列席すると言えば、たとえ県外であっても躊躇なく送迎を申し出ていた。
 そんなことは、指折り数えても十指では足りないほどだ。
 女の誕生日は4月だったが、二人で飲んでいると何気なく、ピアスやネックレスはダイヤモンドでなきゃ嫌だし、自分はシャネラーなので、もし誕生日祝いをもらうなら、シャネルのバッグが最高だとか、暗にシャネルのバッグが欲しいと、男に匂わせてくる。
 男は惚れた弱みで、この6年間の女の誕生日祝いは1年目がダイヤのネックレス、2年目がダイヤのピアス、3年目からは連続してシャネルのバッグであった。
 典型的なサラリーマンであった男は、夏冬の賞与のときに経理部長にお願いして月々の給料の振込みとは別の口座を創設してもらい、女の誕生日祝いに当てていた。
 おそらく、この6年間で女の誕生日祝いで使った金額は軽く男の年収を超えていた。
 だが、それでも男と会うときに女が身に着けてきてくれれば、男はつぎ込んだ金額を即座に忘れることができた。 そんな男の気持を踏みにじるように、飽きっぽい性格の女は2、3度身に着けただけで、あとは知らぬ存ぜぬという素振りで、あっけらかんとしている。身に付けてもらえない切ない男の気持など、女は到底、慮ることはなかった。
 男は「ウザい」という言葉に「分かった」と一言、聞こえるか聞こえないかの微かな声で言うと、もうそれっきり自分から話そうとはしなかった。
 男はトイレに立ち、涙の滲んだ顔を洗ってから、ケイタイを取り出し、女のメルアドとケイタイの番号を表示して、思い切って着信拒否の設定をしていた。
 その後、しばらくは女からの電話やメールの履歴を見なかった。
 1週間後、ケイタイを開いてみると、女からは日に1度のペースで、電話やメールが入っていたことが履歴に残っていた。
 男はその履歴の画面を見ながら、「オレはオマエの都合のいい男じゃないぞ!」と思わず叫んでいた。

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