ブログの文章を綴るとき、一から新生して書くことができない

 伊集院静氏の『なぎさホテル』を読み終えた。
画像 伊集院氏の作品を読む気になったのは、若い頃、麻雀が好きだったこともあり、麻雀小説家の阿佐田哲也こと色川武大氏との交流を描いた伊集院氏の『いねむり先生』が2011年に発刊され、思わず新刊書店で手に取ったのがきっかけであった。
 この『なぎさホテル』は伊集院氏の自伝的随想録とも言えるもので、作家・伊集院静氏の原点とも言うべき作品である。
 伊集院氏の文章は、明解で歯切れがいいので、どんどん読み進めることができる。私はこの本を図書館の自習室に持ち込んで、一日で読み終えることができた。
 Amazonの内容紹介には次のように載っている。
 <「私が作家として何らかの仕事を続けられて来たのは、あのホテルで過ごした時間のお陰ではなかったか、と思うことがある」~伊集院氏が作家としてデビューする前から数年間にわたり暮らしていた伝説の「逗子なぎさホテル」。(中略)東京での生活に疲れ、人生に絶望した時、ふとしたきっかけでこのホテルに住むことになった私。そのいきさつから、作家デビューしていく過程、宿泊代を取らずに支えてくれたI支配人のこと、ホテルで出逢った不思議な女性や人々との心温まる交流など、作家を生業としていくまでの苦悩や青春の日々が綴られている。(後略)>
 7年の『なぎさホテル』の経験の中に、女優として活躍していた「M子」こと夏目雅子さんとの交際が書かれており、結婚後に鎌倉に新居を構えたものの1年後、彼女を病で失うことになる。
 伊集院氏は、そのときの心境を次のように語っている。
 <鎌倉でM子との新しい生活をはじめた私は、数か月後に彼女が発病し、二百日余りの闘病生活をともにした。
 九月の雨の朝、彼女は他界し、私は故郷に戻った。ここ数年、いろんな出版社から彼女との日々を執筆して貰えないかと依頼が来る。ホテルでの日々は、彼女との時間であった側面は確かにあるが、私には生々しい時間でもある。人の死は生きている者のためにある、というのが、私の考えであるから、周囲の人への配慮もあり、執筆はできないし、静かに時間を見つめておきたい。>
 確かに、私の知る限り、伊集院氏が亡くなった夏目雅子さんのことを書いた作品を読んだことがない。『なぎさホテル』での7年間は、伊集院氏が自ら言っているように、【ホテルでの日々は、彼女との時間であった側面】があり、2人にとつて、至福の時間だったのかも知れない。
 そして、伊集院氏は『なぎさホテル』滞在の後半はマスコミに追い回されていて、撮影が終わるたびに遊びに来るM子をホテルのみんなが守ってくれたことを明かしている。
 さらに氏は、『なぎさホテル』の経験は、自分が今まで書いてきた小説の半分以上は、あの時に見聞きした出来事や着想がもとになっていて、その全てがなくてはならないものだったと語っている。
 そう言えば、『なぎさホテル』の本分の中でも、同じような思いを記した箇所がある。引用してみる。
 <今でもそうなのだが、私は自分の小説を一から新生して行くことができない。
 作品の基軸に、どこかに真実から生じているものがなくては書きすすめることができないし、そのことは己の創作力の欠落を証明していることかもしれないが、私には作家の頭に中で考えることより、世間で日々起こっていることの方が遥かに人間的だと思えるからなのであろう。>
 私は昨日のブログで、大学時代の同窓生との疑似恋愛のような体験を書いたが、9年前にUPしてから、ときどき、「どこまで本当なの?」と訊かれることがある。私もこうした経験を【一から新生して行くことができない。】
 従って、ディテールでは違っている箇所があるかも知れないが、大筋では本当で、記憶が薄れて点と点を結ぶときには、若干の誇張があるかも知れない。
 実は、昨日の話には後日談がある。
 文学部哲学科の卒業生が、卒業式が終わってから教授を招いて、謝恩会を名古屋の栄にあるシティ・ホテルで開くというので、私はこつそり彼女の姿を一目見ようと、そこへ出掛けたことがあった。
 ホテルの一階ロビーで、数人の同級生と嬉しそうに立ち話をしている袴姿の彼女を見たとき、未練たらしくて、嫌らしい自分に気付き、彼女の姿を見ていると自己嫌悪に押しつぶされそうになり、そのまま引き返したのである。
 流れ出る涙で、地下鉄にも乗れず、1時間ほどかけて、名古屋駅まで歩いていった。
 「どこまで本当なの?」の問いに答えるためには、そこまで彼女とのことを書くのが本当なのであろうが、私には書けなかった。私にも人並みに羞恥心があったのであろう。
 彼女の顔の輪郭をすっかり忘れてしまった今だから、そこまで明かしても、もはや誰も見向きもしないことを悟ったのかも知れない。

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