AとBは友だち、またBとCも友だちだが、AとCが友だちとは限らない

 今日、阿川佐和子さんの『聞く力 心をひらく35のヒント』を半日がかりで読み終えた。
 私は購入する本は、いずれ絶版となる予感がする単行本を真っ先に買い、そのあとに好きな作家の新刊本を手に入れ、最後に書店でベストセラー・ランキングに入っている新刊本は、しばらくしてから古書店に出回るのを待って購入することにしている。
 それが会社をRetireしてからの私の本の買い方である。この『聞く力』も古書店で購入した。
画像 この阿川さんの『聞く力』は2012年年間ベストセラー第1位と報じられていたので、いずれ読む機会が訪れるまではと思っていた本である。それとここまで読むのが遅れたのは、タイトルの『聞く力』というのがいかにも取っ付きにくい印象を持っていたからだ。
 ページを読み進むにしたがって、思わず引き込まれていき、とうとう夕方には読み終えてしまった。
 読み終えてからPCを開いてみると、ネットでもこの本の読後感が氾濫している。それと新聞の書評も数多く掲載されている。
 その中で、日本経済新聞のWEBページに次のような記事が載っていた。
 <2012年1月に発売以来、現在も売れ続けるロングセラーの新書『聞く力』。新書のジャンルは時事問題や基礎的な教養、ノウハウなどを提供するものが多いため、中心読者は中年男性といわれる。だが『聞く力』はエッセーに近い内容であることもあり、30~50代の女性に多く読まれている。このヒット作はどうやって生まれたのか。>
 確かに、私も今年に入ってから新書を15冊ほど購入したが、そのジャンルは英語や日本語の教養やノウハウに関する本ばかりで、あなたが知らないであろう、こんなことも教えますよという内容がメインのものばかりであった。
 阿川さんのこの本は文春新書から出されているが、その内容は教養を押し売りするような内容や語り口ではなく、インタビュアーとしての失敗談や気付きを下敷きにして語られる35のエッセーといった方がピッタリだと思われる。
 20番目の「先入観にとらわれない」という項で語られている内容で、私はふと若い頃のことが思い出されたことがあった。その引き金となった箇所を引用してみる。
<「あんな人と仲良くするなんて、アガワらしくないわ」
    (中略)
 「そんなことを決めつけられる筋合いはない」
 そのとき、私は発見しました。
 人はそれぞれに、それぞれの人に向き合う顔がある。逆に言えば、一人に対して自分のすべてを見せているわけではない。しかし、向き合っている相手からしてみれば、自分に向けられている顔がその人のすべてに見えてしまう。だから、自分の知らない「思いも寄らない顔」を発見したとき、ショックを受けるのではないか。
 おそらく私が真面目なA子と付き合うときは、比較的真面目な側面を出していたらしいのですが、勉強よりも遊ぶことのほうが好きなB子とは、ちょっと不真面目な話や接し方をしていたのかもしれません。B子とふざけ合っている私を目撃したA子は、「あんなアガワを見たのは初めて。B子なんかと付き合うのは、アガワのためにならない」と思ったのでしょう。でも私にしてみれば、どちらも私であることに変わりはありません。>
 その後、阿川さんが「らしくないわ」と言った友だちとどうなったかは書かれていないが、おそらく成り行き任せにしたのはないかと思われる。
 それは次のように続く言葉で、私は確信を持った。
 <人は皆、三百六十度の球体で、それぞれの角度に異なる性格を持っていて、相手によってその都度、向ける角度を調節しているのではないか。>
 実は、私にも同じような経験がある。その一つはこのブログで2007年に「男から貰ったラブレター」というタイトルでUPしているが、私は高校2年生のとき、同じクラスの男友だちに遊びに来いと言われて、気軽く彼の家に行った折に【あとから読んでくれ】と手紙を渡されたことがあった。そこにはこれからも自分とずっと付き合ってほしいと書いてあった。
 だが、私は文芸部の部活が終わると、たびたび1年後輩の女性部員と一緒に私鉄の駅まで歩いていくことがあった。それを見たラブレターくれた同級生は次の日に文芸部の部室までやって来て、「オマエらしくない。オレをいったいどう思っているのだ!」と問い詰められたことがあった。
 単に部の先輩と後輩というだけだと何度説明しても、彼の怒りは治まらず、最後に「絶交だ!」という言葉を吐き捨てて立ち去っていった。その後は一度も彼とは口をきいたことがないし、卒業後も会ったことはない。
 ふと公式らしきものが頭に浮かぶ。
 現在、AとBは友だち、またBとCも友だちである。だがAとCが友だちとは限らない。性格も違っている。Bが2人とも友だちだと言っている以上、AもしくはBが「オマエらしくない」と決めつけて言うのはおせっかいと言うものだ。
 それが分かったのが、自分が50代になってからだが、自分が不器用だったからというのは何の釈明にはならない。鈍感というより性質(たち)が悪い。
 余分なことかも知れないが、横恋慕が単なる我が儘に過ぎなかったと悟ったのもつい最近のことである。

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