その足あとには、コバルトの影がたまりました
最近になって、就寝前の約30分間、外山滋比古氏の著作に代わって、新美南吉童話集(岩波文庫)を読むようになった。
私は現役サラリーマン時代に何度も半田市矢勝川付近を通って、自動車部品の加工を依頼していた協力工場に出掛けていった。だが、そのとき道路標識とともに「新美南吉生家」とか「新美南吉記念館」とかの看板が目に付いたが、童話を余り読まない私はさほど気に掛けたことはなかった。
会社をRetireした翌年の2007年に半田市矢勝川のヒガンバナを観に行ったときに、女房に誘われるまま、記念館に立ち寄ってみた。
そこで新美南吉氏が結核で、29歳の若さで亡くなったことを知った。
そして、これほど早く亡くなってしまったのに、地元に記念館まで建てられるほど有名であり、なおかつ地元だけではなく全国の人々の心を打つ童話には、何があるのだろうかと思い、ヒガンバナを観に行った帰りに、衝動的に新刊書店に寄って『新美南吉童話集』を購入した。
ところが、丸1日がかりで拾い読みをしただけで、あとは本棚の奥に仕舞っておいたままになっていた。
先だって、孫たちが我が家に来てゲームばかりやっている様子を見ていて、オレたちの時代とはずいぶん違ってきたなと、私らしくもなく感慨にふけっていた。
ゲーム機などはもちろん、テレビもなかった時代なので、小学生に上がるまでは童話を読むことが楽しみの一つであり、その後は月刊誌「少年画報」や「少年」に連載されていた「赤胴鈴の助、鉄腕アトム、鉄人28号」が読みたくて、発売日に前夜にわざわざ養母と一緒に書店に出掛けて行き、買ってもらっていた。
孫たちが帰ったあと、私はいわれもなく、急に『新美南吉童話集』を読みたくなり、このところ就寝前に1話か2話を読んでから寝るようになった。
この童話集には『手袋を買いに』という童話が載っている。雪の積もった夜、人間の里に出て行って怖い思いをしたことのある母狐が、子狐ひとりで町に手袋を買いに行かせる。その雪の夜のときの描写は次のようだ。
<暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやって来ましたが、雪はあまり白いので、包んでも包んでも白く浮かびあがっていました。>
次に母狐が子狐の帰りを心配して待っていると、そこへ子狐は無事に帰ってきて、母狐は泣きたいほどに喜ぶ。そして母狐と子狐が森に帰って行く。そのときの様子を新美南吉は次のように表現している。
<二匹の狐は森の方に帰って行きました。月が出たので、狐の毛なみが銀色に光り、その足あとには、コバルトの影がたまりました。>
こうした文章を読んでいると、はたして童話は何歳ぐらいを対象にして書いているのだろうかと思えてくる。4歳、5歳の幼児であれば、何度読んでみても、ここに描かれた情景を思い起こすことは難しいのではあるまいか。
私のように高齢者となれば、いかにも印象的な表現だと言いつつ、想像を掻き立てることができる。しかし経験の少ない幼児にはその情景を想像することすらできないのではなかろうか。
だが、幼い時に読んだ童話のフレーズは大人になっても心に残っており、あるとき同じような場面に出くわすと、不意にそのフレーズが蘇ってきて、そうだったのかと何10年間ぶりに納得したりしている。
つまり、童話の中の表現は幼児に留まらず、人間の成長過程でときどき思い出しては、自分の行くべき道標を照らしてくれることもあるのだ。そういう意味では、童話が対象している年代は、幼児と限られていないということもできる。
だが、雪道で自分が付けた足あとに、コバルトの影がたまるという情景に、私はまだ出くわしたことがない。
ひょっとすると、コバルトの影がたまるという表現は、人間の里から帰って来た子狐とともに、棲みかの山に帰ることできる母狐の喜びを表現しているのではなかろうか。
私は現役サラリーマン時代に何度も半田市矢勝川付近を通って、自動車部品の加工を依頼していた協力工場に出掛けていった。だが、そのとき道路標識とともに「新美南吉生家」とか「新美南吉記念館」とかの看板が目に付いたが、童話を余り読まない私はさほど気に掛けたことはなかった。
会社をRetireした翌年の2007年に半田市矢勝川のヒガンバナを観に行ったときに、女房に誘われるまま、記念館に立ち寄ってみた。
そこで新美南吉氏が結核で、29歳の若さで亡くなったことを知った。そして、これほど早く亡くなってしまったのに、地元に記念館まで建てられるほど有名であり、なおかつ地元だけではなく全国の人々の心を打つ童話には、何があるのだろうかと思い、ヒガンバナを観に行った帰りに、衝動的に新刊書店に寄って『新美南吉童話集』を購入した。
ところが、丸1日がかりで拾い読みをしただけで、あとは本棚の奥に仕舞っておいたままになっていた。
先だって、孫たちが我が家に来てゲームばかりやっている様子を見ていて、オレたちの時代とはずいぶん違ってきたなと、私らしくもなく感慨にふけっていた。
ゲーム機などはもちろん、テレビもなかった時代なので、小学生に上がるまでは童話を読むことが楽しみの一つであり、その後は月刊誌「少年画報」や「少年」に連載されていた「赤胴鈴の助、鉄腕アトム、鉄人28号」が読みたくて、発売日に前夜にわざわざ養母と一緒に書店に出掛けて行き、買ってもらっていた。
孫たちが帰ったあと、私はいわれもなく、急に『新美南吉童話集』を読みたくなり、このところ就寝前に1話か2話を読んでから寝るようになった。
この童話集には『手袋を買いに』という童話が載っている。雪の積もった夜、人間の里に出て行って怖い思いをしたことのある母狐が、子狐ひとりで町に手袋を買いに行かせる。その雪の夜のときの描写は次のようだ。
<暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやって来ましたが、雪はあまり白いので、包んでも包んでも白く浮かびあがっていました。>
次に母狐が子狐の帰りを心配して待っていると、そこへ子狐は無事に帰ってきて、母狐は泣きたいほどに喜ぶ。そして母狐と子狐が森に帰って行く。そのときの様子を新美南吉は次のように表現している。
<二匹の狐は森の方に帰って行きました。月が出たので、狐の毛なみが銀色に光り、その足あとには、コバルトの影がたまりました。>
こうした文章を読んでいると、はたして童話は何歳ぐらいを対象にして書いているのだろうかと思えてくる。4歳、5歳の幼児であれば、何度読んでみても、ここに描かれた情景を思い起こすことは難しいのではあるまいか。
私のように高齢者となれば、いかにも印象的な表現だと言いつつ、想像を掻き立てることができる。しかし経験の少ない幼児にはその情景を想像することすらできないのではなかろうか。
だが、幼い時に読んだ童話のフレーズは大人になっても心に残っており、あるとき同じような場面に出くわすと、不意にそのフレーズが蘇ってきて、そうだったのかと何10年間ぶりに納得したりしている。
つまり、童話の中の表現は幼児に留まらず、人間の成長過程でときどき思い出しては、自分の行くべき道標を照らしてくれることもあるのだ。そういう意味では、童話が対象している年代は、幼児と限られていないということもできる。
だが、雪道で自分が付けた足あとに、コバルトの影がたまるという情景に、私はまだ出くわしたことがない。
ひょっとすると、コバルトの影がたまるという表現は、人間の里から帰って来た子狐とともに、棲みかの山に帰ることできる母狐の喜びを表現しているのではなかろうか。
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