「お帰り!」私は無意識に反応していた

 今週に入ってから、女房は陶芸教室に入り浸っていることが多くなった。
 月曜日だけは1時間ほどで帰ってきたが、火曜日からは朝の9時から、午後3時までだと言って出掛けるが、窯の温度が思惑通りに上昇しなかったと言い訳をしながら、午後5時を過ぎて帰ってくる日が多くなった。
 今年は窯だし当番を仰せつかったことは聞いていたが、このところ毎日のように陶芸教室に出掛けるのは何故だと訊いてみると、3月1日から開催される市民美術展に出品するメンバーの窯出しが毎日のようにあるからだと説明してくれる。
 自分も出品するのかと尋ねると「まだ新人なので、ただ手伝いに行くだけよ」という返事が返ってきた。幾つになっても、新人は辛いものだ。成る程、そういうことだったのかと納得する。
 私も毎年、市の勤労会館で開催される「市民美術展」には顔を出している。知り合いの自治区委員やシルバー人材センターのメンバーの中にも、毎年のようにドローイングや写真部門で出品している人がいるからだ。
 この「市民美術展」は今年で区切りの第30回を迎え、会期は平成26年3月1日から3月8日までである。
 家に一人取り残されるのも、あと1日だけとなる。その間、昼食は近くのコンビニに行って、サンドイッチか、おにぎり2つを買ってくる。今週に入って3月並みの暖かさが続いているので、そんなに寒さは感じずに済んでいるのは、実にありがたい。
 何だかんだと言っても、私たちは2人で行動することが多く、火曜日は中学・高校のときの友だちと一緒だったので、そうでもなかったが、それ以外の日は手持無沙汰となる。
 さらに今日のような雨の日は不意に物寂しくなってきて、ついつい女房のおやつを摘まみ食いをしている。ままよ、とばかりに読みかけの本を開いてはみるが、集中力が20分も続かない。そうかと言って、DVDやテレビも今は観る気も起らない。
 火曜日に一緒だった中学・高校の友だちが「もし高校時代の文芸部の機関紙を持っていたら、見せてほしいんだが、― 」と言っていた言葉が不意に浮かんできた。
 それは高校時代まで使っていた本箱の中にある。その本箱は部屋の隅の方に押し込んであるので、その前を塞いでいる小机や500冊ほどの雑誌、単行本を取り除かないと扉が開けられない。
 だが、いつかは友だちの要望を受け入れなくてはならない。
 女房が帰るまでには時間がある。私はその本棚から文芸部の機関紙を取り出すことにした。
 500冊の雑誌や単行本をいっとき取り除くのはたやすいが、それは同時に頭の中で大まかに記憶している映像を一旦、破壊することになり、もう一度、頭の中で整理して元の位置に戻すのには思いの外、時間を要する作業となる。
 文芸部の機関紙の「くちなし」の25、26、27、28号の4冊が出てきた。
 半世紀以上も前に自分の書いたものを読んでみるが、余りの稚拙さに、しばし呆然となる。
 それと同時に中学校の卒業記念文集も出てきた。第13回とあるので、こうした文集が作られるようになったのは、おそらく戦後間もない1946年からということになる。
 中学3年のときの担任だった寺田先生の「贈る言葉」も載っている。
 <多くの人たちと力を合わせて、明るく住みよい社会をつくることが、自分の生活を幸福にすることになると思う。社会から孤立した自分一人だけの生活はあり得ないからだ。
 幸福は『山のあなた』にあるのではなく、自分たちで築いて行くものだということを忘れずに、楽しい人生を送ってほしい。>
 先生もカール・ブッセの『山のあなた』という詩が好きだったのかも知れない。生徒たちにとっては、不可解な行動が多かった先生だったが、意外にこうした「詩」を好むセンチメンタルな側面を持っていたのかも知れない。
 玄関の扉が勢いよく、最後まで開けられる音が聞こえてきた。
 「ただいま帰りました!」という女房の合図である。「お帰り!」私は無意識に反応していた。

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