長い年月が経って、街並みは大きく違っていた

 昨日、中学のときの友だちと一緒に、私の車で3年生で同じクラスだった同級生の家を訪ね歩いた。
 私は女房の軽自動車で、北名古屋市からやって来る友だちを自分の住んでいる市のJR駅まで迎えに行った。前もって、名古屋の金山駅を午前10時06分の電車に乗ると連絡をもらっていた。
 敢えて、女房の軽自動車にしたのは、これから住所を頼りに訪ねていくのだから、小回りが利く車がいいと思ったからだ。
 予め書店で地図を購入して、カフェチェーン店でクラス会名簿の住所と照らし合わせてみるが、中学卒業から50年以上も経ち、その当時からは道路事情も町名も変わっているので、まずはその町名のところに行って、電話を掛けて確認するしかない。
 私のひどい方向音痴が足かせにならないことを祈るだけだ。
 目的の場所近くに行って、私はびっくりしてしまった。ずいぶんと周囲の景色が変わっていたからだ。中学時代とは別の町のようだ。これは大変だと実感した。
 私の中学3年のときのクラスは非常に纏まりがあって、高校生時代に最初のクラス会をやってから、これまでの53年間で、20数回のクラス会を開催している。
 中には早逝した同級生もいれば、行方不明の人もいるが、毎回、クラスの半分近い数の出席者があり、楽しい時を過ごしている。
 今は携帯電話が普及したこともあって、直接、同級生の家を尋ねることはなくなったが、高校生時代の幹事たちは連れだって同級生の一人ひとりの家を回り、クラス会の出欠席を確かめていた。それは車でなくて、徒歩であった。
 徒歩で回るということは、道路の広さや傾斜、露地の坂や曲がり具合など、周囲を見ながらとぼとぼ歩いていく訳だから、そのときに目に焼付いた印象はなかなか消え去ることはない。しかも最初の10回ほどのクラス会は毎年開催されていたので、多少の道路事情や街並みに変化があっても、何とか見当は付いたものだった。
 ところが、みんなが自家用車を持つようになり、車で同級生の家を回るようになると、再訪するのがたった2年しか経っていないのにも拘わらず、まるで記憶に残っていないことが多くなった。
 さらに尋ねる同級生がまだ同じ住所のところに居てくれれば何とかなるが、お嫁に行ったり、家族とともに引っ越ししたりしていると、もうお手上げ状態となる。
 昨日は結局、5人の同級生のところにしか行けなかったが、何故か気持は落ち込まなかった。また次の機会にすればいい。
 人間とは不思議なものだ。とぼとぼと訪ね歩いたときには、わりと記憶に残っているものだが、車という便利な乗り物を手に入れ利用するようになると、引っ掛かりのない分、時間的にも気分的にも楽になったが、記憶の消滅するのもすこぶる早くなった。便利さを得ることは、知らぬ間に何かを失いやすい。
 歳を取り、生活の中に多く自由な時間を賦与されるということは、知らぬ間に失ってきたものの在り処を再訪する機会を賦与されたことだと、超前向きに解釈すべきものなのかも知れない。
 話は飛ぶようだが、高速道路を走っていると景色などは単調で、記憶にまったく残らないと言ってもいいほどだ。だが、一般道ではこれが意外なほど、街並みや家並みなどの風景が印象に残っているものだ。
 最近の私は、サラリーマン時代の時間管理から解放されて、のんびりと一般道を走ることが多くなった。
 その分、印象的な景色に出会う機会もまた多くなったが、これこそ、年寄りの特権なのかも知れない。前向き、前向き、近ごろ、そう言って自分を丸め込んでいる。

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