武豊線の電化工事が着々と進んでいる

 2、3日前の中日新聞の地方版に、武豊線電化のために架線用のポールが建てられ始め、電化の準備が着々と進んでいるという記事が載っていた。
 電化されれば、JR東海道線と同じ車両が乗り入れることができるようになるが、武豊線の各駅の間隔距離は非常に短いので、電化が完成されたとしても時間短縮には余り顕著な効果はなく、電化による乗降者の増も期待されないという内容であった。
 この自分のブログにも何回か、ふるさと自慢のように武豊線に関する記事を書いてきたが、上の記事を読みながら、ふと書き残したことがあることに気付いた。
 そう言えば、2010年に同じように中日新聞の地方版に次のような記事が載っていた。
画像 【今年で築100年を迎え、国内で最古とされるJR半田駅(愛知県半田市御幸町)の跨線橋(こせんきょう)が、武豊線の電化後も残されることになった。鉄道ファンからは取り壊しを心配する声が上がっていた。電化によって跨線橋はJR東海の高さ規定に引っ掛かるものの、同社は安全措置を講じるとの例外規定を使って柔軟な対応をする。】
 つまり、JR半田駅には、支柱に丸びた文字で「明四十三 鉄道新橋」と刻まれている現役で日本最古の跨線橋があり、現在のJR東海の跨線橋の高さ規定4.9mを半田駅の跨線橋の高さの4.65mでもOKという例外規定を設けて、国内最古の跨線橋をそのまま残すという決定をJR東海が下したという記事であった。
 実は武豊線には国内最古のものが、もう一つあることを私は忘れていた。
画像 それは明治19年に建てられたという現役としては日本最古の駅舎である亀崎駅である。
 武豊線というのは、1886年に東京⇔大阪間をつなぐ幹線鉄道を造るために、船で武豊港に着いた物資(英国製のレールやバラスト(砂利)、車両など)を運ぶ目的で造られた鉄道である。
 従って、東海道線よりも古い鉄道という訳で、その当時から使用されていて、未だに現役で使用されている施設ならば、必然的に日本最古ということになる。
 実は私は武豊線の駅でもっとも馴染みがあるのが、JR半田駅と亀崎駅なのである。
 私はサラリーマンとして、最初は大府市の本社に勤めていたが、半田市に新しい工場ができると転勤を命ぜられて、それから20年間、その半田市の新しい工場に出勤した。
 私は最初の3年間はその新工場の責任者を任されていて、各職場のリーダーから忘年会や新年会に誘われ、コミュニケーションを図るためにも、私はでき得る限り顔を出すようにしていた。
 私の勤めていた会社は自動車部品を製造しており、車に関するマナーには厳しく、誤って飲酒運転をして警察にでも捕まったとしたら、即刻、懲戒解雇になるほどであった。
 従って、忘年会や新年会のときには1度家に帰ってから、武豊線で半田駅に出るか、亀崎駅で一旦降りて店が廻してくれたマイクロバスで現地の会場へ行っていた。
 そして、私が営業担当になってからは、福岡県や岡山県、大阪や神戸などからやって来る得意先の人たちを出迎えるために、年に数回は亀崎駅に行っていた。つまり、半田市の工場に勤めていた20年間は、日本最古の2つの施設に私は不思議と縁があったことになる。
 半田市の工場に転勤になってから、私は何度、半田駅の跨線橋を渡り、亀崎駅で待ち合わせをしたことであろうか。たぶん、50回は超しているかも知れない。
 いずれにしても、半田駅の跨線橋も亀崎駅の駅舎も武豊線電化のあともそのまま現役を続けることになるそうである。私にとっては、思い出深いだけに喜ばしいことなのだが、・・・。

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