それ以来、冷やし中華は私の大好物になった

 今日は一日中、どんよりと曇っていたが、風が吹かなかったせいか、絶えず蒸し暑さを感じて、私は女房が作って冷蔵庫に仕舞っていてくれた麦茶ばかりを飲んでいた。
 私は女房が作ってくれる食事には、たとえ味付けが自分に合わなくても黙って食べることにしている。今の私に出来る料理と言えば玉子焼きぐらいのもので、会社をRetireして時間が有り余るほどある今も、3度の食事はすべて女房に任せっ放しなので、不味いとか、味付けが濃いとか薄いとか、そんなぜいたくな文句を言える立場ではない。
 そんな私でもたまに女房に食べたいものがあるとリクエストするときがある。それは急に冷やし中華が食べたくなったときである。今の世の中、時期がやって来るとスーパーで冷やし中華セットが格段の価格で売り出されることがあるが、そのときに限って、私は女房に付き添いをお願いする。
 私は冷やし中華が好きだ。
 世の中に冷やし中華なるものが登場したのはいつ頃からであろうか。一説によれば、昭和12年、仙台の中華料理店で提供されたのが最初だということだが、私自身が中華料理店でしばしば見かけるようになったのは、確か、私が20代前半の昭和40年代だったと記憶している。
 私は夏の暑い時期でも熱いラーメンをふうふう言いながらも食べるのが本筋で、冷やされた、まして延びたようなラーメンを食べるなどは邪道と思っていた人間のひとりである。
 従って、私が30代半ばまで冷やし中華を食べたことがなかった。
 ところが、あることをきっかけに冷やし中華が好きになってしまった。
 私は親会社の仲介で、韓国現代グループ会長の実弟の企業と取引をすることになり、その工場がソウルから車で2時間ほどの郊外にあるので、新規部品が出るたび、私は打ち合わせをするために韓国に行くことが多くなり、何度も訪韓するようになった。
 その折りにソウルの韓国料理店で相手企業の幹部と会食をしたが、私は韓国料理の塩味や辛し味になかなか馴染めず、うどんばかりを食べていた。
 韓国のうどんの麺は、小麦粉に卵を加えたのち、よくこねた生地を包丁で日本よりも幅広に切られていて、ダシ汁で麺を茹でるためにその仕上がりは日本のうどんの汁のようにさらっとしておらず、トロミがついた感じになっている。
 20数年前のソウルの日本料理店(韓国では日式)では、日本と同じように大きなどんぶりで出てくるが、どんぶりの中はうどんと汁の中に筍とか、葱やほうれん草とかの山菜がのってるだけで、味付けは自らテーブルの上に置かれている7種類ほどの調味料をその中に適当に混ぜて、自分の味にして食べるの韓国式の食べ方であった。
 だが、哀しいかな、私は名古屋人である。やはり、うどんは煮干し、鰹だしで、醤油味、もしくは味噌味のうどんがいい。身についてしまったこの地域の味は、最初は珍しがって食べていても、何度も口にしていると飽きてくる。
 これは全くの余談だが、当時は韓国でも、うどんはうどんと発音していたが、20年ほど前に起きた日本語排斥運動のせいなのであろうか、ソウルでもうどんを韓国語の「カルグクス」と発音することが多くなったとのことだ。
 たびたび行っていて、うどんばかり食べて、少々食傷気味の私を見て、相手企業の営業担当の人が気を遣ってくれて、「韓国の冷麺を食べてみませんか」と言ってくれた。
 私は言葉に甘えて、韓国の冷麺を食べてみた。
 店員の女性が、日本の裁ちばさみのような物を持ってきて、金属製の専用器に入った固く締めた麺を切り始め、その上に具として肉類やゆで卵、キムチ、錦糸卵などを盛り付けてくれ、最後に鶏肉や牛肉でとったスープと野菜の汁のような冷たいスープをかけてくれた。
 恐る恐る食べてみた。やはり、私には合わない味付けであった。
 韓国の企業と取引をするようになってから、3年ほど経ったであろうか、私はソウルから帰って来て、手荷物検査を終えて出国ロビーを出ると、その日が日曜日だったこともあって、女房が娘と息子を連れて私を出迎えに来てくれていた。
 突然の出迎えに私は吃驚してしまった。丁度夕食時期だったので、空港近くの中華料理店で食事をしたが、子どもたちが冷やし中華を食べたいと言ったので、私はその希望を叶えて、4人分の冷やし中華を頼んだ。
 そして、私は生まれてはじめて、冷やし中華を食べた。
 酸味の効いた汁が麺と具に絡んで、実に美味しかった。
 それは言葉も習慣も違う国での商談に疲れを感じていたせいもあるかも知れないが、思いも寄らず女房と子どもたちが私を出迎えに来てくれていたことが、余程嬉しかったのかも知れない。
 それ以来、冷やし中華は私の大好物になった。

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