英語の辞書に掲載されている幾つかの日本語に触れて

 2月21日付の中日新聞のコラム「中日春秋」に次のような文が載っていた。
 【子どもの教育にはお金がかかるが、ばかにならないのが学習塾の費用だ。最近、文科省がまとめた調査結果によると、例えば公立中学校の場合で、年間に使う学習費の四割近くが学習塾費らしい。
 日本式は独特なのか、英語辞書にもそのまま「juku」が載る。「cram(クラム) school(スクール)」という言い換えのcramとは「短期間詰め込み式の」といった意味である。】
 今や日本独特の文化となってしまった学習塾が「juku」として、そのまま英語辞書に載っていることを初めて知った。何を今さらと不勉強との誹りは免れまい。
 私の中学生のころ、もう50年以上も前のことになるが、英語の授業で戦後流行りだしたカタカナ言葉の殆んどは和製英語だと教えられたものだ。
 その代表格が野球のナイターで、英語ではNight Gameと言うが、その日本語のナイターが「Nighter」という表記で英語辞書に初めて掲載されたと感激気味に先生から教えられたことがあった。
 その後、長い間、私は日本語がそのまま英語になった言葉などに興味がなく、私が改めて気になり出したのは、1986年に親会社の計らいで韓国の財閥ラッキー金星のグループ企業を訪問して、現場を見学したときだった。
 各職場の掲示板には「Kanban(看板)」、「Kaizen(改善)」、「Teian(提案)」という言葉が書かれていた。そして、訪問先の工場長から英語で会社概要を説明されたときに何度か「Keiretsu(系列)」という言葉が聞かれていて、私は吃驚してしまった。 
 当時は韓国でも1979年に発行された社会学者エズラ・ヴォーゲルによる『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(Japan as Number One)が読まれていたようで、敢えて日本語をそのまま使用して日本式経営に学ぼうという気運が高まっていた時代でもある。
 その折、私たち訪問者88名ははソウル南山地区にあった「ソフィテルアンバサダーソウル(現グランドアンバサダーソウル)」に泊まったが、私は気の合う仲間5人とそのホテルの北側の大きな道路を隔てたところにあったカラオケ店にお酒を飲みに行った。まだ、日本文化が公けに解放されていない時代であったが、どういう訳か、店の点滅を禁止されていたネオンには「KARAOKE」の日本語表示がされていた。
 この「KARAOKE」という日本語表示は当時の韓国ばかりでなく、その後に行った台北でも香港でも店の名前の横に表示されていたように思う。つまり、アメリカだけでなくアジアの国でも使われていることからも、「KARAOKE」という日本語は今や最もポピュラーな日本語ということになるようだ。
 あれから30年経って、私は会社をRetireしたが、150日の失業保険受給期間中に職業訓練の一環として、3ヵ月間、ビジネス英語を名古屋にある外国語学校で学んだことがある。その訓練終了後もしつこく述べ2年間にわたり、英会話を学んだが、そのときの英会話講師から、日本語がそのまま英語の辞書に掲載されている言葉を幾つも聞かされて、またまた私は驚いてしまった。
 Paulからは「Ekiden(駅伝)」、Davidからは「Bento(弁当)」、Brianからは「Bonsai(盆栽)」を教えてもらった。彼らが言うにはそれぞれ日本に興味を持つキッカケとなった言葉なのだと言うのである。
 「Ekiden(駅伝)」という日本語には、歯を食いしばって仲間にタスキをわたす姿を見て人と人との繋がりの大切さを感じたとPaulは言い、毎朝、母親が子供のために工夫しながら「Bento(弁当)」を作る姿に、小さいころに両親の離婚を経験したDavidは感動したと語り、Brianは「Bonsai(盆栽)」に東洋的な美を見出したと言っていた。
 彼らが授業の合間にそうした昔からの日本の文化について、外国人の目で熱く語られるとどこか気恥ずかしい気持にもなるが、日本の心の文化にちょっぴり誇りにも思えたものである。
 ヤツらは今、元気でやっているだろうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック