産地直売の野菜売り場には長い列ができていた

 今日は今年最高の猛暑日で私は家にじっとしていても詰まらないなと思い、そう言えば車もこのところ1ヶ月半ほど運転しておらず、バッテリーのメンテとたまには充電させなければと考えて、私は午前9時半ごろ女房を誘ってドライブに出掛けた。
 往きは東海環状道の豊田・勘八インターを下りて、ただひたすら国道153線を飯田まで行き、そのあとは飯田インターから中央道に乗り、土岐ジャンクションで再び東海環状道に入り、そのまま大府まで帰ってこようと考えた。
 途中、幾つか海抜1,000m級の峠を超えるので、そこで休憩を取れば少しは涼しさを感じることができるのではないかと思ったが、私の思惑は見事に外れた。治部坂峠に設置されたデジタル温度計の表示は26℃であったが、風のないせいか、パーキングに車を停めて外に出てみても麓の気温と余り変化はなかった。
 国道153号線沿いに道の駅がやってくるたびに私たちは寄ってみた。どの道の駅でも私たちと同じ年代のカップルや夏休みの子供連れの家族でごった返していた。
 そして、産地直売の野菜売り場には長い列ができている。
 奥さん連中の話を聞くとはなしに聞いていると、自分たちの住んでる地域に比べると茄子、キュウリ、トウモロコシ、インゲンなどがずいぶん安いと話し合っている。
 女房も根気よくその列に並び、安いと噂の野菜のすべての種類の買い込んだ。私は女房と離れて、別の場所で胡桃菓子を一袋買い求めた。私は子どもの頃から胡桃が大好きである。
 日本人の中には、何かにつけて長い列をなして並んでいる光景に興味を示す人がいる。
 長い列を見掛けると早く並ばなければ、人の遅れを取って損をするかも知れない、そんな気持になる。ある奥さんが長い列に興味を抱いて自分も列に並び、すぐ前の奥さんに「これは何を売っているんでしょうか?」と訊いてみる。
 するとその奥さんは「わたしも知らないんです。こんなに長い列ができているんですから、きっといい物を売っているんですよ」と答えた。
 やっと自分の番が来て、売ってる物を見たら外国から輸入された台所用品で、もうすでに購入してあった商品であった。その奥さんはもういらないと言う訳にもいかず、仕方なく購入したが未だに台所の戸棚に仕舞い込んだままになっている。嘘のようだが、実際にあった話だということも聞く。
 今日の道の駅の列はそんなに長くもなく、産地の新鮮野菜で実際に売られている商品もはっきりしていたが、女房が奥さんたちが安いと噂していた野菜をすべて買い込むことが果たしてよかったかどうか、私は恐ろしくて、その場で女房に訊くことができなかった。買った量は半端ではなく、少なくてもふたり暮らしの生活には多すぎるように思われた。
 帰りの車の中で、それとなく女房の本心を尋ねてみると、明日、娘が来たときに嫁ぎ先に持っていかせるためだと説明してくれた。私はなぜかホッとして納得した。
 特別に美味しいものやこれまでのやり方を覆して何段階も便利なものなどが、あるところで売りに出され、あえて宣伝をしなくても人の口から口へ伝わっていき、いつしか口コミで世間に知れ渡り、手にいれるために長い列ができるようになる。それはそれなりに整合性があり、取得して満足な人たちにとっては真理だと言える。
 ならば、購入するために長い列を作っているのは、その売られている物はきっといいものに違いないと考える人が出てきても不思議ではない。だが、昔から<逆は必ずしも真ならず>と言われているように、長い列ができているからといって、必ずしも気に入って、自分が生きる上で必要としているものを売っているとは限らない。分かっていながらも、ついつい犯してしまう誤謬のようだ。
 人が並ぶから自分も並んでみようというのは、日本人の一つの特徴を表していると私は今日、女房の行動を見ながら思っていた。
 菅総理即刻退陣せよという大合唱の長い列ができると、その大合唱に刺激されて自分も並ばなければと思い込んでしまうのもそうした特徴の一つの表れのような気がしてきた。うん、ちょっとばかり考え過ぎなのであろうか。

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