養父は主治医が予告した3ヶ月後の夜半に亡くなった

 今日、女房から今月のお墓参りは4日の日に行くので、予定に入れておいてねと珍しく予約をされてしまった。
 というのは、このところ私は土日になるとボランティア活動で出掛けることが多かったからだ。
 その多くは町内コミュニティー活動の一環で、民主党の事業再仕分けのアオリを受けて、国から地方への補助金がカットされそうな事業があり、当初の概算要求通りの予算の実施を要望するために、町内会長の旗振りを受けて署名活動に協力してもらうために町内を一軒一軒回っていたからである。
 それにしても女房は私の養父と養母の祥月命日を忘れたことがない。養父が5日に亡くなり、養母が4日に亡くなったのを女房は未だに覚えているのだ。
 従って、私たち夫婦は毎月4日か5日に、車で5分のところにある菩提寺にお墓参りに行くのが、ここ20年来の慣わしとなっている。
 そして、良くも悪くも私はその日が近づくたびに養父と養母が亡くなる前後のことを思い出している。
 養父が亡くなったのは私が24歳のときで、自動車部品製造会社でまだ正社員ではなく、アルバイトとして働いていたときだった。養父は長年喘息に罹っていて、ある夜、喘息の発作が止まらず救急車で、当時の国立中部病院に運ばれた。その後に中部病院の医師の紹介状を持って、喘息医の専門医が多かった安城市にある厚生病院に転院させられた。
 養父は検査の結果、喘息の他に胃潰瘍が見つかったが、1ヶ月ほどで退院できるのではないかと養母から知らされて、私はそれならばと横着に構えて一度も病院に見舞いに行かなかった。
 養母の言ったとおり、養父は1ヶ月経って家に帰ってきたが、2ヵ月後、初冬のやけに冷え込んだ夜に再び喘息の発作を起こし、肺炎も併発して、またもや救急車で厚生病院に運ばれた。まだ完全看護が行き届いていない時代で、知り合いの人に付添婦を頼んだが養父の我儘に耐え切れなくなったのか、2週間後にその知り合いの人に付添婦を拒まれ、代わりに養母が付き添うことになった。
 それは同時に私は家に一人で暮すこととなり、社員食堂で食べる昼食以外は自分で食べ物を調達しなければならなくなってしまったことを意味している。
 それからの私は定時の終業ベルが鳴ると同時に毎日のように厚生病院に出掛けていった。一人っ子で育った私は一人で家にいることに耐えられなかったからだ。面会時間終了の午後8時を過ぎてから家に帰る訳だが、とても孤独になることに恐怖を感じて、自宅から歩いて15分ほどのところにある小料理屋に入り浸るようになり、そこで夕食を摂っていた。
 勝手な言い分だが、恰好を付けて言えば精神的な隠れ家だったし、はっきり言えばヘタレの逃げ場所でもあった。
 その後2ヶ月ほど経ったであろうか。主治医の先生から私に話があると養母から会社に電話が入った。
 どこまでいっても私はヘタレである。私は一人で主治医のところに行くことができず、養母の甥に一緒に立ち会ってくれるように頼み込んだ。それも養母を介して。
 養母の甥は病院で私の顔を見るなり、「オマエがしっかりしていないと、オバサンもいつかは具合が悪くなってしまうぞ。しっかりしろ!」と久しぶりに会ったが半端でない調子で私にハッパを掛けてきた。私は養母の甥っ子が見破った通り、現状の苦しみから逃げることばかりを考えていた。と同時に、この期に及んでやっと本当に養母や私を心配してくれる人に出会えて、心のどこかでほっとしながら、しっかりしなければと覚悟を決めた。
 主治医の先生はレントゲン写真を見ながら、「残念ですが、3ヶ月の寿命です。会わせたい人がいたら、できるだけ早めに連絡してあげてください」と私と養母の甥っ子に淡々と無表情に語り掛けてくる。
 私は椅子に座っていたが、ガタガタと力が抜けていくのが分かった。面談室を出たところで、養母の甥っ子が「これからの3ヶ月、悔いのないように精一杯オジサンの面倒をみてやれよ。オレもできるだけ協力するから」と慰めてくれる。
 私はその日はそのまま病室に行くことができず、とうとう養父の顔を見ることはなかった。
 次の日、私は意を決して養父の病室に顔を出すと、養父は意外に元気そうで、余り回らない呂律で私に語りかけてきた。
 「Issaや、世間の人は母ちゃんのことが気が強くて、愛想もなくて、その上に子どもが産めない体とか、色んなことを言うけれど、オレは母ちゃんと一緒になったことを後悔してないからな。おばあちゃんの頑固さにはさんざん苦労させられたけど、母ちゃんとの暮らしはほんとに幸せだった。これからの母ちゃんのこと頼んだぞ」 
 養父は自分が癌だということに気付いていた。私はそう確信した。
 養父は主治医が予告した3ヶ月後の夜半近くに亡くなった。満59歳であった。

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