ほんのわずかだが、炎が揺れたような気がした

 私たち夫婦は毎月4日か5日の日に我がIssa家代々の菩提寺にお墓参りに行くことにしている。
 と言うのは、45年前の5月5日に養父が胃癌で亡くなり、養母が23年前の6月4日の日に糖尿病に肺炎を併発して亡くなったからだ。
 基本的には4日の日にお参りに行くことにしているが、私がアルバイト先の仕事の都合や町内会の会合があったりして、どうしても4日に行けないときには、5日に行くことにしている。
 サラリーマン現役時代には、私はどちらかと言うと、こうした【しきたり】には無頓着で、お墓参りに行くのは命日とかお盆とか、年に2、3回ぐらいのものであったが、会社をRetireしてからは女房に尻を叩かれて、毎月必ず行くようになった。今ではいつの間にか4日や5日の前日には暴飲暴食を避けて、できるだけ朝早く出掛ける習慣が身に付いてしまった。
 前日には女房が供花、線香、ろうそく、供物などは用意してくれる。私は身一つで車だけを運転して行けばいい。
 菩提寺に行くにはどうしても本通りを刈谷市方面に向かって3kmほど行かねばならない。ウィークデイは朝7時頃から8時半頃までは会社通勤の車で渋滞して、ほんの3kmほどでも車で20分ほど掛かってしまう。
 私たちは学習した。
 今日はいつも通り、そうした通勤渋滞を避けるために私たちは午前7時には家を出ていた。さすがにまだ陽射しは強くない。
 菩提寺の鐘撞き堂の周りには四季折々に色んな花が咲いていて、私は毎月どんな花が咲いているのかと楽しみにして出掛けていく。5月はくちなし、6月はあじさい、7月はゆりであった。残念なことに今日は何の花も咲いておらず、ただ一面に雑草が生い茂っていただけだった。
 早朝のせいか、駐車場には1台の車もなく、境内は思いのほか静かでセミの声が、鐘撞き堂の石垣に沁みいるほど澄んだ音色で、ひびき渡っている。
 本堂への上がり口に設置された連絡板には、新盆の檀家に向けられたと思われるお盆会の開催日の日時が書かれてある。お盆会の最後には高僧による講話もあるようだ。
 水桶に水を満たし、去年、舗装され整備されたばかりの墓地への道を辿って、我が家代々の墓石前に行く。まずタオルに水を含めて、二人がかりで墓石回りを丁寧に掃除する。ろうそくにチャッカーマンで火を点けようとするがどこからともなく吹いてくる風に邪魔されて、なかなか火が点きにくい。私が両手で風よけを作り、女房がその手の間をぬって点火する。そのあと、ろうそくの火を借りて線香に火を入れ、息を吹きかけて、すべての線香に火が行き届いたかどうかを確認して、おもむろに線香立てに入れる。そして女房と呼吸を合わせて、私は両手を合わせる。
 毎月の同じ仕草だが、なぜか、年々おろそかにできない行為のように思えてくる。
 毎月墓石の前で手を合わせているうちに、自分が養父の亡くなった59歳をはるかに超えて、74歳で亡くなった養母の歳に近づきつつあることに嫌でも思い知らされるからであろうか。
 ふと、2007年にすぎもとまさとさんが歌ってヒットした『吾亦紅』の歌詞が頭をよぎる。
 <後で恥じない 自分を生きろ> 怠け者の私には、あなたたちのような生真面目な生き方はできなかったけれど、あなたたちが私にくれた言葉をこれまでに守れた試しさえ ないけれど、自分の人生、やっぱし楽しかったし、満更でもなかった。最近、つくづく、・・・そう思っています。合掌。
 風よけの筒の内側で、ほんのわずかだが、ろうそくの炎が揺れたような気がした。

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