大切な人の思い出は人それぞれの心の奥で、じっくり温めればいい

 昨日の朝、女房の実弟の連れ合いから、去年亡くなった母親の箪笥を整理していたら、まだ手が付けられていない反物が出てきたので、どう処理していいかと電話が掛かってきた。
 女房の兄弟は6人いて、そのうち4人が女性で、49日法要のときにその4人の姉妹で、着物や洋服など母親の形見分けをしたのだが、またどこかからか母親の形見が出てきたらしい。
 女房は二階から落ちた後遺症で左肩が殆んど動かなかったが、このところ、整形外科が処方してくれた塗り薬が利いてきたのか、少しは腕を動かすことができるようになったようで、自分で車を運転して弟の家に出掛けていった。母親の形見分けの相談に男の私が行っても出番がないのは分りきっている。
 人が亡くなったあとで、なぜ形見分けをするのであろうか。かなり、昔からのしきたりなのであろうが、私は正面切って説明を受けたことがない。きっと故人の元気がよかった時期を振り返って、時を選ばず懐かしむことのできる写真というものが発明される前のしきたりに違いない。写真という手段を持たなかった昔の人はそうした形見に触れて、死んだ人をそれぞれの深い思いを込めて偲んでいたに違いない。
 私の養父は9人兄弟だったこともあり、私は親戚の葬式、忌明けには数知れないほど立ち会ったが、形見分けをしてもらったことは一度もない。それだけ、親しく付き合った親戚がいなかったことを意味しているとも言える。
 養父は早死にしたので、亡くなったときにはまだ6人の兄弟が存命で、35日の忌明けのときには、養父の残した洋服を筆頭に、幾つもの掛け軸、古い陶器、仏像などを兄弟で相談して、23歳の私の意向も気にせずに、みんなで形見分けをしていった。最初のうちはその相談の枠に入れてもらえないことに苛立っていたが、時に触れて懐かしんでくれれば、きっと養父も喜ぶと思って、私は兄弟の人たちの気の済むようにしてもらった。結局、私に残されたのは数本のネクタイだけだった。
 養母が亡くなったときには、自分の余命を察知していたのか、養母は養父や自分の写真さえもすべて焼却して、私に一言の言葉も発せず、亡くなった。従って、今も養父母の写真は私のアルバムに数枚しか残っていない。亡くなったあとに養母の部屋を整理したが、当然のように形見になるものは何もなかった。
 養母はこの世の自分の影を自分で消し去って、旅立っていった。私はしばらく、優しい声の一つも掛けてくれない私に対する無言の抗議のようにも受け取っていたが、今は、この世に一切の【しがらみ】を残さないようにという養母の潔さだったのかも知れないと思うようになった。人間には、私がそうであるように、重荷のように背負ってきた現状を少しずつ自分の都合のいい方向に舵を切っても、何も感じない思考経路がどこかに用意されているのであろうか。
 今、私の回りを見てみても、養父母の思い出に纏わる物は何一つ残っていない。子どもたちから情け知らずと蔑まれても反論する言葉を私は持たない。だが、養父の亡くなった歳を超えて、養母の亡くなった歳に近づきつつある今、ふとしたことで養父母のことを思い出す。そして懐かしむ。
 そして、時には養父母をないがしろにした自分に向かって、自らケリを付けるために、このブログに養父母のことを書き込む。
 時折、養母が教えてくれた「わらべ歌」を口ずさみ、年に何度かスナックに行って、養父の好きだった歌謡曲、「湯の町エレジー」や「赤いランプの終列車」を歌う。それが、私が養父母からもらった形見分けだ。
 夕方、女房が着物の反物を三つ、右手に抱えて戻ってきた。反物は新品で男の柄でもおかしくないので、夏までに弟二人の浴衣を作るのだと言う。
 「おい、おい、左腕が思うように動かないのに大丈夫なのか!」と叫びたかったが、母親の形見を兄弟全員で分けるために、女房が自らの意思で手間を掛ける、その意気込みで女房の左腕が徐々に回復すれば、それに越したことはない。私は何も言わなかった。
 大切な人の思い出は人それぞれの心の奥で、じっくり温めればいい。

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この記事へのコメント

2010年01月10日 21:39
はじめまして。
養母様の最期の姿を想像して感銘を受けました。
私は若い頃からいつも自分がいつかこの世を去ることを思いつつ暮らしきましたので歳を重ねつつなおさらその思いは大きくなっています。家はいつも綺麗に、いらないものはどんどん処分、余分なものは買わないなど常に心がけて暮らしています。とはいうものの今元気だからそんなことを言っておられるのだろうということもわかっています。

こちらのブログは毎日中身のある長文の記事をUPされて読み応えがあり刺激を受けております。
issa
2010年01月11日 23:25
オリーブ様、独りよがりのブログにコメントをいただき、ありがとうございます。
今から思うと、養母には気心の知れた係累がいなかったような気がします。その分、私が時に触れて養母を思い出し、懐かしんでいかなければ、改めてそんな気持でいます。

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