背中がとても寂しそうだった

 昨日は今年初めての仕事の日であった。
 しかも1時間半早出の日で、6時に家を出るときにはまだ真っ暗で、しかも行き来する人が極端に少なく、世間はまだ普段の慌しさが戻っていない。たぶん、トヨタ自動車関連の会社がまだ稼動していないせいであろう。
 午後1時に仕事が終わった。
 いつもの帰り道に、大府駅西のロータリー沿いのところに中日文化教室が入っているビルがあり、私はそこに立ち寄って、今年1月から新規に始まる講座が載っているパンフレットをもらおうと、このところ出勤時にはそう思っていたが、ついつい忘れがちだった。
 昨日はしっかり覚えていてビルに入ろうとすると、駅前のバス停前のベンチに今にも崩れ落ちんばかりに落ち込んでいる一人の男性が私の視界に入ってきた。外見から推測すると私よりかなり年上のように思える。
 身なりはツイードのチェック柄のブレザーを着て、その下に、いかにも出掛けにアイロンがけをしたと思われる薄いブラウン色のYシャツを見える。だが外見と違って、その表情は異常なショボクレようで、他人のことながら気になってきて、手に持った通勤用の重いトートバックをその男性の隣りのベンチに置いて、しばらく様子を見ていた。やはり、その男性はため息ばかりをついて、何度もうなだれている。お節介にも私は声を掛けざるを得なかった。
 「どうしたんですか?気分でも悪いんですか?」 どうも男性は耳が遠いらしく、「はあ?」と何度も繰り返すばかりだ。
 「誰かを待っているんですか?例えば、奥さんとか」 他人が私の言葉の調子を聞いたなら、何かヤケクソになって、大声を発しているのではないかと勘違いするかも知れない。それほどに、なかなかコミュニケーションが計れず、苛立っている私の声は大きかった。
 「うつのヤツは、5年前に亡くなった」
 「息子さんとか、娘さんとか、誰か一緒に暮らしている人はいるの?」
 「息子が一人いるが、10年も前から、東京に住んでいる。わしゃ、うちのヤツが逝ってから、ずっと一人暮らしだ」
 「お父さん、歳はいくつ?」
 「76」
 「今から、どこに行くつもりなの?」
 「今から、初詣に名古屋の熱田神宮に行こうと思っていたけど、行くのをやめようと思って」
 「どうして、行くのをやめるの。ここまで来たのだから、行った方がいいのじゃないの?」
 「さっき、家から車で出て来たんだけど、駅西駐車場でバックで車を停めようとして、目いっぱいアクセルをふかしたら、隣りに駐車している車にぶつけてしまった。悪いことにその車は新車で、もう50年もずっと運転していて、一度もぶつけたことがなかったので、車両保険に入っておらず、どれだけ修理代が掛るか、それを考えると情けなくなって、息子に迷惑掛けたくないし、・・・・・・」 もうあとは言葉にならない。
 「相手の人とは連絡が付いたの?」
 「警察を呼んで、30分ほどしたら、相手の人が帰ってきて、事故証明も出て話はついたんだけど、たぶん、これで貯金はなくなるだろうし、息子に知られると叱られるだろうし、・・・・・・」
 「余計なことかも知れないけど、やっぱり、息子さんに連絡した方がいいのじゃない?家族なんだから」
 「頭が混乱して、ぼっとしてるだけだから、このまま家に帰ろうと思う。気をつかってくれて、ありがとう、・・・・・・」
 やっとその男性はベンチから立ち上がり、トボトボと駅西駐車場に向かって歩いて行く。背中がとても寂しそうだった。
 10年後の自分の姿にオーバーラップしてくる。
 「お父さん、もう意地を張らなくていいよ。こんなときこそ、息子さんに甘えろよ。家族なんだから」 私は駅の階段を上がっていくチェック柄の背中に何度も【家族なんだから】と声を掛けていた。

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