ひょっとすると私は幸せ人間の部類に入るのかも知れない

 先週の金曜日、私は午後からアルバイト先で仕事であったが、この1月から私たちの仲間に入ったHAさんが、<お会いしたことがないので挨拶に来た>とわざわざ私の事務所にやって来てくれた。
 去年の11月頃、アルバイト先の総務課から簡単な履歴書が回ってきていたので、HAさんのことは全く知らないという訳ではなかった。私の記憶では、HAさんは今年の3月で61歳となる。市の消防局に43年も勤めていて、私より5歳も若いので、動きも表情もきっと若々しい人に違いないと勝手に思い込んでいた。
 ところが、会ってみると容貌や話し方がどことなく年寄りじみていて、失礼極まりない言い方だが実際の年齢よりもかなり老けてみえる。並んでみると私より若干背は低いし、お腹も少々でっぱり気味である。
 HAさんは、そうした容貌とは裏腹に正直な性格の持ち主のようだ。私のぶしつけな質問にも気分を損ねることなく、朴訥な話し方ではあるが、正直にしゃべってくれる。
 HAさんが言うには、共済年金を満額もらうには1年早かったが、上司が折角定年後の出向先を世話してくれたにも関わらず、それも辞退して退職したと言う。次男はもうすでに家庭を持っていて、何も心配することはないが、長男は30半ばを過ぎようとしているのに、未だにアパートに一人暮らしで家庭を持つ気もなく気楽に暮らしている。どうもHAさんには、長男のそうした生活ぶりが気に入らないようで、ついつい愚痴らしい言葉が口を突いて出る。
 何を思ったのか、HAさんは急に「わたし、平成12年から独身なんですよ」と言い出した。私が驚きの様子を表すと「女房は癌で死んだんですよ」と説明してくれた。あっさりした言い方が、無念さの裏返しのようにも聞こえてくる。
 「それから、寂しくて寂しくて、気持もボロボロになっちゃって」 ― 奥さんが亡くなってからのHAさんの生活ぶりが頭の中をよぎっていった。
 どうも末っ子の娘さんも小学生のときに亡くしたらしい。さすがに何で亡くなったかは聞けなかったが、奥さんを亡くしたあと、詮無いこととは分ってはいても何度も死んだ子の歳の数を数えたに違いない。そんなことを思うと思わず胸の詰まってくる。HAさんと比較すれば、口やかましい女房と娘を持っている私などは、幸せ人間の部類に入るのかも知れない。
 私が趣味は何ですかと聞くと、カラオケ喫茶に行って歌を歌うことと、毎晩近くのスナックへ行って、やはりカラオケを歌いながらお酒を飲むことだと言う。やはり、HAさんは正直な人だ。同じ職場で働くことになったとは言え、私だったら、初対面の人にこれだけ自分の内面をあっけらかんと話すことはできない。私のような格好付けたがり屋は、少しでも弱みを見せたくないという虚勢が先に立ち、挙動不審で誤魔化してしまうことが多い。精神的にどん底を味わったHAさんには、適当な開き直りが必要だったのかも知れない。
 平成12年に奥さんを亡くしたということだが、そのとき、HAさんは50代前半で、まだまだ元気だったはずだ。しかも二人の息子さんはすでに家を出て、ずっと一人暮らしをしてきたようだ。その寂寥感を想像すると背中に寒いものが走る。
 帰り掛けに、HAさんが、「機会があったら、一緒に飲みにいきましょうよ」と誘ってくれる。自分の城に他人を引き入れるのは、なかなか勇気がいるものだ。そして、引き入れられる者にとってもかなりの覚悟を必要とする。ということは、いくら誘われても気心が分ってくるまで、引き入れられてもいいかどうかの結論は出ないということを意味している。それに最近の私はお酒を口にしていない。
 歳を取るということは、自分の内面を裏側から覗いてみるとおのれを曝け出せる城には、他人にむやみに入ってきてもらいたくないという気持が徐々に強くなるということでもある。たぶん、これからのHAさんと飲みに行くことはないであろう。
 61歳はまだまだ若い。再婚も視野に入れたら、どうかな!

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