夢なのか現なのか、未だに判然としていない

 最近、夢か現か、それさえも判然としないのに、突然頭の中に或る映像が浮かび上がってきて、次第にくっきりと焦点を結ぶことがある。
 私は隣りの市の県立高校に通っていた。各学年6クラスあって、毎年、秋になると各学年別のソフトボール大会が開催されていた。私が2年生のときのソフトボールチームの編成は、野球部でレギュラーだったNaitouくんと私で勝手にメンバー編成を組んで、誰にも有無を言わさず、ポジションまで決めてしまった。
 外野の間を抜かれると大量得点に繋がる恐れがあるということで、レフトを絶対的な守備を誇るNaitouくんに決めて、もう一人の野球部員であるKatouくんはセンターの守備をしてもらうことにした。次に重要なポジションである内野のサードとショートはサッカー部員のSuzukiくんとHattoriくんにして、ファーストはキャッチングの上手いTaiseiくんに決めた。あとの守備は希望者優先でやることとし、肝心のピッチャーは全くの独断で、私自身がやると宣言したのである。
 私が希望者も募らずに真っ先にピッチャーをやると言ったのには理由があった。
 私はある事情で大府市から隣りの市の中学校に転校した。転校した日にその中学校の校長先生に、私はさも自慢げに言われたことがあった。私が今度入る学年には成績が常に学年1位で抜群に頭のいい女の子がいる。君もイタズラばかりやってないで、その女の子に見習って勉強するようにと言われたのである。
 私は早速、担任になったT先生にその女の子のことについて聞いてみた。T先生から、今から職員室に呼んでやるから、顔を拝んでいけと言われて、しばらく待っていると、くだんの女の子が不審げに職員室にやって来た。小柄だがとてもかわいい子だった。
 先生は私を指差し、「きみのライバルになるかも知れないIssaだ。仲良くしてやってくれ」と私を紹介してくれた。名前をMisakoちゃんと言った。
 私がそばにいるのも構わずに、T先生は、Misakoちゃんの中間試験の結果が思わしくないことが不満だったらしく、「何をしていたんだ」と喝を入れていた。聞けば、それでもMisakoちゃんの成績は学年で4番目だったそうだ。そんな女の子と自分を【一緒くた】にするなんて、私は呆れ返りながら、Misakoちゃんとは目を合わせることもなく、職員室を出た。
 ずいぶん、あとになって気が付いたことだが、校長先生もT先生も、Misakoちゃんを引き合いに出して、やんちゃでイタズラばかりしている私にハッパを掛けてくれていたのだ。
 そのMisakoちゃんとは中学2年生のときに同じクラスになった。これもあとから考えると、今は亡くなったT先生の差し金のような気もしてくる。私は54名いたクラスの中でも体は大きい方で席は後ろの方、Misakoちゃんは小柄なために席は前の方で、しかも話し相手が違うこともあって、中学2年の1年間で、直接交わした言葉はたった一言、「Issaくん、何でしゃべってくれないの」だけであった。
 話したい気持は大いにあっても、照れ臭くて、しかも私は勉強のできる女の子が大の苦手であった。それから、中学を卒業するまで、私はMisakoちゃんと言葉を交わしたことがなかった。
 中学卒業後、私も何とかMisakoちゃんと同じ高校に行くことができた。
 偶然にもまた、高校2年生のときにMisakoちゃんと同じクラスとなった。私たちが行っていた高校は1学年6クラスで合計330人の生徒がいたが、1クラスに女子生徒は数人しかおらず、3年間のうちでクラスが一緒になる確率は低く、私はまたMisakoちゃんと一緒のクラスになったことが嬉しくて、心の中で手を叩いていた。
 そんな中で開催されたソフトボール大会で、クラス全員が原則となっていたから、必ずMisakoちゃんは応援にやって来る。愚かにも私はピッチャーをやって、Misakoちゃんにいいところを見せたくて、自らピッチャーを志願したのである。
 待ちに待った第一試合、私は高ぶる気持を抑えて、マウンドに上がった。私の投げる球はスピードはあるが、一本調子が難点だったが、相手チームにいる野球部員にはそこそこ打たれてながらも、何とか3回までゼロ点に抑えた。ところが4回頃から、疲れもあったのだろうが、相手のバッターに慣れられて、ツーアウトから連打を打たれ、4点リードがたちまち同点となってしまった。
 レフトの守備についていたNaitouくんがそばにやってきて、「Issa、ピッチャー交代だ。Shinjiに替われ」と鬼の形相で言う。そのとき偶然にベンチに友だちと一緒に座っているMisakoちゃんの姿が私の視界に入ってきた。
 ピッチャー交代も止む無しと思っていた私の気持が一変した。いつしか、「これまで投げなかったチェンジアップを交えて、絶対に抑えるから、投げさせてくれ」とNaitouくんに両手を合わせんばかりに頼んだ。私の必死さが伝わったのであろうか、「その代わり、打たれたら、すべてお前の責任だからな」とNaitouくんははき捨てるように言って、レフトの守備に戻っていった。
 今から思っても、あのときの必死だった自分が嫌いではなかった。中学のとき、職員室で会った学年一の優等生で、小柄でかわいいMisakoちゃんが応援に来ている。ここで頑張らねば、自分が自分でなくなる、きっと、ここで抑えて、Misakoちゃんに声を掛けてもらいたい。「Issa、落ち着け」、大の仲良しのかずみっちゃんの声が聞こえてきた。
 試合が再開された。今まで隠してきたチェンジアップを投げるべく、私はゆっくり投球フォームに入った。
 足を上げる。ボールを持つ手が振り子のように揺れて背中に回る。地面を掃くように腕が振られる。バッターのタイミングをずらした絶妙のコントロール。自信があった。
 ボールはベースのど真ん中目掛けて、スライドしていく。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、トップ・バッターのバットが振り下ろされた。絶妙にコントロールされたボールが視界から消えた。
 私は恥ずかしさに耐え切れなくなって、帽子のツバを少し下げて、マウンドを下りた。「Issaくん」その声に我に戻ると、そこに初めて見るMisakoちゃんのぼんやりした笑顔があった。目の焦点が定まっていくと、Misakoちゃんの右の唇の下に小さな笑窪が浮き上がってきた。
 余りに遠い昔のこととて、このシーンが夢なのか現なのか、未だに判然としていない。

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