自分のほろ苦い青春を振り返っていた

 今日、重松清氏の小説『あの歌がきこえる』を読了した。ひと言で言えば、男同士の友だち3人の中学生のときから高校卒業までを描いた青春物語と言っていいだろう。画像
 主人公のシュウは、いろんな面で突っ張って生きているようだが、真面目な感性の持ち主であり、そのシュウの友だちの一人ヤスオはどちらかと言うと軽薄な行動を取りがちだが心根はやさしく正直者で、もう一人の友だちコウジは中学1年のときに母親に家出されて、少し世の中に対して斜に構えながら、父親と妹と暮らしている。
 そして、シュウが体験する幾つもの出来事のバックにはいつも心に残る曲があって、人生のBGMのように忘れられないメロディーがあり、その曲の題名が各章のタイトルとなっている。
 始め、私はこの小説をまるで少年雑誌の劇画を読んでいるような気持で読んでいた。たぶん、重松氏の実体験に基づいているとは思うのだが、エピソードの一つひとつの状況が私には妙に誇張された表現のように思えるし、私にはデフォルメし過ぎていると感じられたのである。
 但し、私と重松氏とは20歳の歳の差があり、中にはそのメロディーを聴いたことのない曲もあり、若干、同時代体験という面からすると肌感覚で場面が捉えきれないところが出てきてしまい、氏と私との間にあるそうしたアンマッチの部分がデフォルメし過ぎと思われた最大の原因なのかも知れない。
 恥ずかしながら、劇画ふうと感じた話でも、やはり一つの章を読み終わった頃には、ついホロリとさせられている。
 中でも、コウジがシュウに自分の人生設計について語る箇所は、私は身につまされて、読んでいて胸に熱いものが込み上げてきた。
 コウジは中学1年のときに母親に家出され、父親の再婚に自分が支障とならないように、大学を諦めて、朝夕刊配達をしながら、アパートを借りて、専門学校で税理士か公認会計士の勉強をして、資格を取って、実力がついたら事務所を持って独立するという自分の人生設計についてシュウに話す、― そして、そのあと、コウジはじみじみと言う。

 <コウジは逆に、「俺の人生、もうこれで先が見えたけん」と言う。「あれやって、これやって、こげんして、それからこういうふうになって・・・・・・いうて筋道が通ったら、もうおしまいよ」
 ひねくれて言ってるわけでもなさそうだった。
 「でも、俺やヤスオは、とりあえず大学へ行くというだけで、あとはなーんもわからんのじゃけん」
 「そこがええん違うか?どげん転ぶかわからんほうが、人生、楽しいよ」>

 私も22歳のとき、養父が胃癌に罹って、サラリーマンになった。サラリーマンになった時点で私の人生設計の幅は極端に狭くなってしまった。せいぜい、会社の取締役になるのが、自分の人生の終着点かのように思えてしまったのである。
 高校時代の友だちが、検事や弁護士になったり、新聞記者になったり、高校教師になったりするのを見たり聞いたりすると、不運に立ち向かおうとせずに、自ら狭めてしまった自分の人生を恨んだりした。
 【どげん転ぶかわからんほうが、人生、楽しいよ】、― そう思えて仕方がなかった。
 サラリーマン時代に思いもよらず、営業担当を任されてからは、日々の中にもさまざまな生き甲斐があることが実感できるようになり、自分の人生も満更でない人生が送れるかも知れないと思えるようになった。
 そして、死に物狂いでサラリーマンの生活の中に自分なりに生き甲斐を見つけようと生きてきた。そのことに悔いはない。
 私はこの小説を読み終えたとき、自分のほろ苦い青春を振り返っていた。あの時代があったからこそ、今の自分がここにいる、― しみじみそんなことを考えていた。

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