照れくさそうにフォークダンスを踊っている私が写っていた

 最近、私は重松清氏の小説『あの歌がきこえる』という小説を読んでいる。
 その小説の中に「オクラハマ・ミキサー」というタイトルの章があり、次のような【くだり】がある。

 <四ヶ月ほど前 ― 十月の運動会の予行演習のときだ。ウチの学校では、毎年二年生がフォークダンスを踊ることになっている。『オクラハマ・ミキサー』だ。男子が女子の肩に手を回してステップを踏むという密着度満点の、なんというか、田舎町の中学生にとってはチークダンス並みのダンスである。>

 私が卒業した愛知県刈谷市南中学校でも、中学二年生になると『オクラハマ・ミキサー』の音楽に合わせて、フォークダンスをしていた。
 私は体育の時間に、このフォークダンスの練習をするのが死ぬほどいやだった。
 というのは、私は中学一年生の二学期に隣町の大府市から転校していき、その転校理由でさまざまな噂が学年中に広がっていたことに加えて、私は首筋に大きな吹き出物ができて、余りの痛さに手術をしてもらったが、術後の5ヶ月間ほどは首の周りに大きな包帯をしていた。たぶん、その風体が他の生徒の目からは異様に写ったのであろうが、私の行動の一つひとつが恐怖感を抱かせてしまい、女子生徒はもとより、男子生徒の中にも私に声を掛けてくるような奇特な人は誰ひとりいなかった。
 二年生となり、やっと首から包帯が取れた頃に、フォークダンスの練習が始まったのである。
 養母や実姉の手さえも握ったことのない私が、話もしたことのない女の子の手を握って、しかも、なまじっか中学生時代には背が高かったこともあり、フォークダンスの列が退場門に消え去るまで踊り続けなければならないという状況は、まったくのところ、死ぬ思いで逃げ出したい気持でいっぱいだった。
 ただ、一つの救いは、刈谷南中学校に来て、始めて女子生徒に興味を持ったのが同じクラスのAちゃんだったが、背の高さ順にパートナーを決めていくと、ひょっとして、Aちゃんが自分のパートナーになるかも知れないという期待だった。
 果たせるかな、私のパートナーはAちゃんになった。
 しかし、私がパートナーになって、<Aちゃんががっかりしないだろうか>とそのことばかり気になっていたが、Aちゃんの表情からは、あからさまな拒絶反応はなく、私は密かに胸を撫で下ろしていた。
 私は球技には自信があったが、何しろ、フォークダンスなどという男女共同作業のような競技は大の苦手で、照れくさくて仕方がなかった。だが、Aちゃんの真面目な練習態度や行動に触発されて、私はAちゃんに恥を掻かせないためにも頑張ってみようという気になり、家に帰ってから、養母に見つからないように細心の注意を払いながら、何度も練習を繰り返した。
 練習の効果があったのか、運動会で大きなミスも起こさず、『オクラハマ・ミキサー』の音楽に合わせたフォークダンスは終了した。
 生来、はにかみ屋で女の子と話ができなかった私だが、少しずつ、気後れすることなく、女の子と話ができるようになったのは、ひとえに『オクラハマ・ミキサー』で一緒に踊ってくれたAちゃんのお陰なのかも知れない。一途に感謝。
 ふと急に懐かしくなって、中学生の卒業アルバムを開くと最後のページ近くに、Aちゃんと一緒に『オクラハマ・ミキサー』の音楽に合わせ、照れくさそうにフォークダンスを踊っている私が写っている。
 嬉し恥ずかし、52年前のことである。

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