出席したかった孫娘の小学校の入学式
アルバイト先は3月末は期末で、私はたな卸しや在庫管理で3日間集中して仕事だったために、4月初めから5連休で、今日は久し振りの仕事であった。そんな中、私はどういう訳か、昨日小学校の入学式を迎えた上の孫娘のことをずっと考えていた。
娘が先週の土曜日から日曜日に掛けて、私の家に泊まりに来ていたが、そのとき、上の孫娘に私が4月6日の小学校の入学式に行くからと言うと、少し考えたあとに、「GG、来なくてもいいよ。パパがお仕事休んで来てくれるから」と拒絶されてしまった。
だが、昨日、電話だけでも上の孫娘から掛かってくるかも知れないと心待ちにしていたが、全く音沙汰なかった。いつもなら、何か行事があると、何だかんだと私のケイタイに電話を掛けてきていたが、慣れない小学校の入学式で興奮して早く寝てしまったのだろうか。
それにしても、何の連絡もないのが寂しくてたまらなかった。
私は、金曜日に重松清氏の「ステップ」という小説を読み終わったばかりで、娘に言ったら縁起でもないと烈火のごとく怒られそうだが、もし万が一、娘に何かが起こり、孫娘たちが父親に引き取られて、だんだんと疎遠となり、私の家との縁が切れてしまったらと考えると、何故か居ても立ってもおられなくなり、4月6日の上の孫娘の入学式にどうしても行きたくなってしまったのだ。
それは、たぶんに、上の孫娘が娘の小学生の頃によく似てきたせいもあるかも知れないし、娘が一番可愛かったときにもかかわらず、仕事仕事で、思い切り遊んでやれなかった負い目が、私の中に若干なりともあるせいなのかも知れない。そういう意味からすると、何とか都合を付けて、孫娘の入学式に娘の旦那が出るのであれば、私は余計者で、それはそれで仕方がないと諦めねばならないであろう。
私は、まるで猫や犬の子をそっとよその家に手渡すように、一歳の誕生日が来るか来ないうちによその家に養子に出された身である。そのことについて、今更恨みつらみを誰にも言うつもりは毛頭ないが、ただ、ものごころ付いた頃から知らず知らず、血脈で繋いでいく自分の系譜というものを考えるようになり、結婚してからは、さらにそのことに拘るようになっていた。
従って、娘に結婚前に赤ちゃんができたと知らされたときには、顔では怒ってはいたが、心の中では実は小躍りして喜んでいた。血脈を繋ぐ道筋がきっちりと目の前に見えたような気がしたからだ。
もし、相手の両親がふしだらだと最後まで結婚に反対したら、女房と二人で娘の子供、つまり、私たちの孫を手元に引き寄せて育てていこうと思っていた。
相手の両親が諸手を挙げて喜んでくれ、周囲からも充分に祝福されて、嫁に行ってからは、ついぞ、これまで孫娘たちとの縁が切れるなどということは想像だにしなかったが、世の中には人智の想像を超えた何が起きるか分らない。私がいい例である。42歳で実父が胃癌で急に亡くなり、残された4人の子どもたちは、あっと言う間にちりじりバラバラになってしまった。
そして、翻って血脈という面で言えば、私の養子先の18代続いてきた家系は、一人っ子の養母に実子ができず、形の上では私が跡を継いで途絶えなかったが、その綿々と受け継がれてきた血脈は、私の代でまったく途絶えたのである。
そんなことも頭に浮かんできて、できるだけ、25%私の血を受け継ぐ孫娘の小学校の入学の日には、ぜひとも立ち会っておきたいと自分勝手に思ってしまったのである。
これもまた、現代っ子の情緒面から言えば、歳を取ったが故の自己満足に過ぎないと、あっさり切り捨てられるに違いない。
娘が先週の土曜日から日曜日に掛けて、私の家に泊まりに来ていたが、そのとき、上の孫娘に私が4月6日の小学校の入学式に行くからと言うと、少し考えたあとに、「GG、来なくてもいいよ。パパがお仕事休んで来てくれるから」と拒絶されてしまった。
だが、昨日、電話だけでも上の孫娘から掛かってくるかも知れないと心待ちにしていたが、全く音沙汰なかった。いつもなら、何か行事があると、何だかんだと私のケイタイに電話を掛けてきていたが、慣れない小学校の入学式で興奮して早く寝てしまったのだろうか。
それにしても、何の連絡もないのが寂しくてたまらなかった。
私は、金曜日に重松清氏の「ステップ」という小説を読み終わったばかりで、娘に言ったら縁起でもないと烈火のごとく怒られそうだが、もし万が一、娘に何かが起こり、孫娘たちが父親に引き取られて、だんだんと疎遠となり、私の家との縁が切れてしまったらと考えると、何故か居ても立ってもおられなくなり、4月6日の上の孫娘の入学式にどうしても行きたくなってしまったのだ。
それは、たぶんに、上の孫娘が娘の小学生の頃によく似てきたせいもあるかも知れないし、娘が一番可愛かったときにもかかわらず、仕事仕事で、思い切り遊んでやれなかった負い目が、私の中に若干なりともあるせいなのかも知れない。そういう意味からすると、何とか都合を付けて、孫娘の入学式に娘の旦那が出るのであれば、私は余計者で、それはそれで仕方がないと諦めねばならないであろう。
私は、まるで猫や犬の子をそっとよその家に手渡すように、一歳の誕生日が来るか来ないうちによその家に養子に出された身である。そのことについて、今更恨みつらみを誰にも言うつもりは毛頭ないが、ただ、ものごころ付いた頃から知らず知らず、血脈で繋いでいく自分の系譜というものを考えるようになり、結婚してからは、さらにそのことに拘るようになっていた。
従って、娘に結婚前に赤ちゃんができたと知らされたときには、顔では怒ってはいたが、心の中では実は小躍りして喜んでいた。血脈を繋ぐ道筋がきっちりと目の前に見えたような気がしたからだ。
もし、相手の両親がふしだらだと最後まで結婚に反対したら、女房と二人で娘の子供、つまり、私たちの孫を手元に引き寄せて育てていこうと思っていた。
相手の両親が諸手を挙げて喜んでくれ、周囲からも充分に祝福されて、嫁に行ってからは、ついぞ、これまで孫娘たちとの縁が切れるなどということは想像だにしなかったが、世の中には人智の想像を超えた何が起きるか分らない。私がいい例である。42歳で実父が胃癌で急に亡くなり、残された4人の子どもたちは、あっと言う間にちりじりバラバラになってしまった。
そして、翻って血脈という面で言えば、私の養子先の18代続いてきた家系は、一人っ子の養母に実子ができず、形の上では私が跡を継いで途絶えなかったが、その綿々と受け継がれてきた血脈は、私の代でまったく途絶えたのである。
そんなことも頭に浮かんできて、できるだけ、25%私の血を受け継ぐ孫娘の小学校の入学の日には、ぜひとも立ち会っておきたいと自分勝手に思ってしまったのである。
これもまた、現代っ子の情緒面から言えば、歳を取ったが故の自己満足に過ぎないと、あっさり切り捨てられるに違いない。
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