いたずらに45年が過ぎてしまった。

 かずみっちゃんが、真剣な面持ちで私のところにやって来て、「ISSA、学級委員の選挙に立候補してくれないか?」と言ってきた。
 かずみっちゃんとは、高校二年生からずっと同じクラスで、どことなく気が合い、互いに持ち出してくる話題の趣味も共通していて、教室ではいつも一緒だった。高校二年生の学級委員の選挙のときも、私に内緒で仲間を集めて、私に投票したが、結果はクラス全員53名中で7名しか票が集まらず、見事に落選した。
 かずみっちゃんが言うことには、二年生のときと違って、今回、新しい三年生のクラスのメンバーを眺めてみると、自分が仲良くしているメンバーとかずみっちゃんとは別に私が付き合っているメンバーを数えてみると、たぶん、優等生の堀尾君といい勝負ができると思うので、学級委員の選挙に立候補しろと言うのである。
 結果的に優等生の堀尾君に接戦で負けても構わないが、堀尾君のライバルである真二君には、絶対負けたくないので、私に向かい、二年生のときのように無関心にならず、今回はその気になって、自分でも選挙活動をしてほしいと熱弁をふるってくる。
 おそらく、かずみっちゃんは同じ優等生でも、真二君のことは嫌いなのであろう。堀尾君は、自分から誰にでも区別することなく気さくに話し掛けていくが、真二君は、明らかに友だちに優先順序をつけているかのようで、仕種素振りにプライドが高いのが見え隠れしていて付き合いづらいので、学級委員には向かないと、かずみっちゃんは言う。
 実は、かずみっちゃんは私が部長をしている文芸部の機関紙をいつも纏め買いをしてくれて、自分の仲のいいクラスメートに強制的に買わせては、私を助けてくれる。私はいつかどこかで、そのお返しはしないといけないという思いをいつも持っていた。
 だが、私は優等生の堀尾君とも仲良しで、私が立候補することで、共通の友だちの票がばらけて共倒れとなり、真二君が学級委員になったら、かずみっちゃんがもっとも嫌がる状況になってしまう。だけど、普段仲良くしてもらっていて、借りもあるかずみっちゃんの希望は大親友として、やはり、叶える方向で行動しなければならないし、堀尾君の立場も尊重しなければならない。
 そこで、私も立候補すると聞いて、何人かが、「今回はISSAに投票するよ」とか、「オレたちはどちらに投票したらいいんだ」とか相談にやって来たが、私はかずみっちゃんに内緒で、堀尾君に投票してくれるように頼んだのである。
 じっくりと票読みをしたのであろう、かずみっちゃんが「おい、ISSA、当選しそうだぞ。」を耳打ちをしてきた。
 かずみっちゃんは、実際に指折り数えて票読みをし出した。真二君に確実に投票するのは、男子で10名いると言う。かずみっちゃんの思惑では、私に投票する男子は12名、堀尾君は16名、女子の15名の票読みができないが、ひょっとするとひょっとするか知れないぞと、どちらかというと楽観的に選挙結果を分析する。私に投票すると思われている7名が堀尾君に投票するであろうことをかずみっちゃんはまだ知らない。
 投票当日、選挙結果を示す「正」の字が、3人とも黒板にきれいに2個並んだ。それは3人とも最低10票の票を集めたことを意味している。それから、真二君は余り票が伸びず、「正」という字が2個とアルファベットのTの字で12票、私は「正」という字が3個とやはり、アルファベットのTの字で17票、堀尾君は「正」の字が丁度5個で、25票という選挙結果であった。
 結果は、私にとって万々歳であったが、私が堀尾君に入れてほしいと頼んだ7名は本当に堀尾君に入れたのであろうか。そうでないと、女子の15名の票は殆んど私に投票されたということになる。
 かずみっちゃんが、なぜ、そんなにも学級委員の選挙に夢中になったかの理由は未だに定かではない。かずみっちゃんはその理由を、「ISSAのよさをみんなに知ってもらいたかったからだ」と言っていたが、俄かには信じがたかった。思うに、かずみっちゃんと私は、「こんなにも仲がいいんだ」と他のクラスに人たちに向かって宣言したかったのかも知れない。やはり、今となってはもう、誰もかずみっちゃんのそのときの気持を解き明かすことはできない。
 ただ、かずみっちゃんも、私と同じように今の家に養子にもらわれてきて、複雑な家族関係の中で、中学時代から悩み続けていたことを打ち明けてもらったのは、その選挙が終わって間もなくであったが、その話を聞いてからは、私は誘われるままに、かずみっちゃんの家に何度も遊びに行ったり、ギターを引き合ったり、2度ほどは泊まってきたりした。それが、唯一の私のかずみっちゃんに対する友情の証しだった。
 かずみっちゃんは地元の国立大学の法学部に受験したが、家庭にゴタゴタがあったこともあり、受からなかった。私は仙台にある国立大学を受けたが、自分の実力を過信していた報いであろうか、無残にも討ち死にした。ともに名古屋駅近くにある有名な予備校に通い、一年間、互いを勇気付けながら必死で勉強して、かずみっちゃんは希望通り、国立大学の法学部に入学できた。一方、私は2年続けて、仙台の国立大学に挑戦したが夢叶わず、地元の私立大学に入学した。
 その後、かずみっちゃんとの付き合いはなくなってしまったが、一度、葉書で現役で司法試験に合格して、名古屋市内で弁護士をしているとの連絡をもらったきりで、それ以来は年賀状のやりとりのみで、いたずらに45年が過ぎてしまった。
 今、重松清氏の『エイジ』を読んでいて、ふっと、熱病のように選挙に夢中になっていたかずみっちゃんのことを思い出していたのである。

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