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zoom RSS 「麦秋」の英訳のタイトルは「EARLY SUMMUR(初夏)」である

<<   作成日時 : 2017/06/29 21:14   >>

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 私はNHK-BSのプレミアムシネマで小津安二郎作品を放映するときは、よほどの見落としのない限り、DVD録画してきた。
 現在、保存してある作品は「晩春」「麦秋」「秋刀魚の味」「彼岸花」「東京物語」「秋日和」の6作品である。「東京物語」と「秋刀魚の味」は、これまで少なくても5、6回は再生して観ている。
 「東京物語」を観るのは、 2012年、英国映画協会(BFI)が発行しているSight&Sound誌の発表した「映画監督が選ぶベスト映画」の1位に選出されたからであり、「秋刀魚の味」は高校生の頃、地元の映画館でリアルタイムに観たからである。
 西部劇やチャンバラ映画と違った感動があったことを覚えている。
 私は会社をRetireしてから、はじめてDVDを2枚買った。小津安二郎監督の「東京物語」と黒澤明監督の「七人の侍」である。だが、現在、この2作品のDVDは私の手元にない。
 と言うのは、プレゼントしたからである。
 私は会社をRetireして半年が経った頃、名古屋にある外国語学校で、およそ2年の間、英会話を勉強したが、その英会話講師の中に20代のドイツ人講師がいた。
 彼は母国語のドイツ語だけではなく、日本語、英語、フランス語、スペイン語も話せるマルチリンガルで、いずれは東京の商社で働きたいと言っていた。
 留学ビザの有効期間が切れるので、ドイツに帰ることになった。だが、次回、就労ビザを取得して日本に戻ってくるにしても、自分の夢である商社で働こうとすると、名古屋よりも東京の方がチャンスが広がるので、もうこの学校に戻って来ないということだった。
 彼は日頃の英会話授業の中で、自分は日本映画の熱烈なファンで、特に黒澤明監督と小津安二郎監督の作品が好きだと言っていた。
 帰国日が決まり、クラスの10人ほどが集まり、名駅前の居酒屋で送別会を開いたが、私はそのとき、日本を忘れないようにと、宝物のように大切にしいていた黒澤明監督の「七人の侍」と小津安二郎監督の「東京物語」を餞別として渡したのである。
 その後、NHK Eテレのプレミアムシネマで「東京物語」は放映されたが、「七人の侍」は未だに放映されていない。至極残念である。
 それにしても、小津安二郎監督は1903年12月12日に生まれ、1963年12月12日に亡くなった。生まれた日も亡くなった日も、同じ12月12日というのも不思議だが、それよりも驚くのは、満60歳で亡くなったということだ。
 子どもの頃に写真を見たからであろうか、私の眼には70歳を超えているように思っていた。73歳の今の私からするとずいぶん若死にしたことになる。
 小津安二郎監督は日本の美人女優 原節子を「紀子」という同じ役名で撮った「紀子3部作」がある。「晩春」「麦秋」「東京物語」である。
画像 今日は女房が出掛けて隙をみて、その3部作のうち、「麦秋」を観ていた。
 タイトルの「麦秋」とは麦の収穫期のことを言い、季節的には初夏に当たる時期を指している。「麦秋」は、婚期を逃しつつある主人公「紀子」の遅れてきた春を暗示しているようにも思える。
 物語は、28歳にもなっても、まだ結婚しようとしない紀子の縁談を中心に進んでいく。
 紀子は北鎌倉に植物学者の父、母、そして兄とその妻、そしてやんちゃな甥2人と暮らしている。家族の誰もが結婚しようとしない紀子の身の振り方を気にしている。
 そんな家族の思いにも拘わらず、紀子は毎日電車に乗って商社に行き、自由を満喫している。勤めを終えて、家に帰ると甥っ子と戯れ、義姉とおしゃべりし、兄と口喧嘩し、友人たちと日々の生活を楽しんでいる。
 そんな中、結婚など口にもしない紀子に、業を煮やした周囲の人々が彼女に縁談を持ち込んでくる。中でも会社の上司が旧知の男性を紹介してくる。
 家族全員で乗り気になるが、相手の男性が40過ぎだと分かると、一斉に結婚の話題をしなくなる。
 紀子は最終的にその相手に断りを入れたあと、昔からの知り合いのバツイチでしかも子持ち男の母親から、「紀子ちゃんがうちの嫁に来てくれたら嬉しいのに」という言葉を聞いて、自分も嫁に来たいと思っていると口にする。これまでずっとバツイチ男のことを気にしていたことを打ち明ける。
 当然、家族は大反対をする。だが、頑なに自分の意思を通そうとする彼女を見て、家族の誰もが釈然としないながらも徐々にこの状況を受け入れ始めていく。
 やがて、紀子は嫁に行き、老夫婦は引退して田舎で隠居暮らしを始める。そして、兄夫婦は紀子が去った家で、甥っ子2人とともに賑やかな生活を続けていく。
 ラストの画面には、そよ風で揺れる麦畑が映し出される。
 「麦秋」は1951年の作品である。私がまだ7歳で、戦後6年しか経っていない。そして66年も前に作られた映画なのに、まったく古びた感じがしない。
 人間の生活は、いつの時代でもどんな土地に暮らしていても、それほどの変化はない。家族に対する思いはいつの世も変わらず、自分の人生を肯定的に捉えることが生きることではないのか、揺れる麦畑がそれを暗示しており、その風景がいつの世も変わらぬ人間の営みを象徴しているようにも思える。
 紀子は商社の上司の秘書をしていて、たびたびタイプライターを打ち込んだりしている姿が画面に映し出される。それを眺めていると、私は何だか懐かしくなってくる。
 その時代、流行を先取りしたような会社には必ずタイプライターがあったからだ。そして、今ならさしずめ、その代りにパソコンのキーボードを叩いている姿ということになるのだろうか。
 また、上司が「今日のスケジュールはペンディング」などと、カタカナ語で言っているのを聞いたりすると、今の商社でも、同じような言葉を交わしているかも知れない、そんな気がしてきて、何だか嬉しくなってくる。
 なお、英国映画協会(BFI)は「麦秋」のタイトルを「EARLY SUMMUR(初夏)」と英訳している。

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